サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

最近のこち亀を「ただのつまらない老害」だと思っていたのは僕の認識が甘かった。

こんにちは。

 

先日はこち亀について、こんな記事を書きました。

 

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 こち亀ギャグマンガとして本当に面白かったのは1980年代〜1990年代の前半あたりまでで、それ以降についてはまったくおもしろくない。ただ長期連載しているだけでその分、他の連載枠をムダに使うだけの老害な作品っていう認識でした。

 だけど。いざ、連載が終わるとなると、やっぱり淋しさが込み上げてきます。たぶんこの感情は僕だけではなく、同じく「こち亀80年代傑作説」を唱える他の人も同じなんではないでしょうか。 

 そもそも僕はどうしてこち亀を「つまらなくなった」と考えるようになったのか?幾つかの理由を考えてみました。 

①漫画にそぐわないモブの絵が雰囲気を壊している。

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 絵の上手、ヘタについては好みもあるので簡単にいえないけど、本来こち亀は劇画に近いタッチだった漫画なので違和感アリアリ。

 

②キャラの迷走

 両津って初期の「常識知らないメチャクチャ警官」から、80年代になって「体力自慢で職人並に手先の器用な雑学王」という流れでキャラを変化させてきていました。実際にマンガでハスブロー社の「G・Iジョー」やリカちゃん人形、駄菓子屋にあるお菓子の知識やプラモ・ジオラマ作りのノウハウなどを知り「あぁ!こんなのあったな!」「へぇ!そんなのあったんだ!」と雑学方面の知識欲を満たすことも多かった。この頃こち亀っていうのは僕にとっての「サブカル 語る。」だったのです。(言い過ぎかな)。

だけどそれも90年代中頃にギャルゲーにハマった警官の登場あたりから、両津が情報発信者というかたちのオタクではなく単なる情報消費者というかたちのオタクになっていき、さらに超有名な寿司屋の親戚が出てきたことで寿司屋も兼ねる事になり、両津のキャラそのものがワケのわからないものになっていった。さらに後輩の中川や麗子も狂った金銭感覚を全面的に前に出すようになったためかやたら言動が鼻につくし、(初期はメチャクチャな性格だったけど)、上司の大原部長も感情的にキレるキャラになって鬱陶しい。そういったこともあってこの漫画に魅力を感じる事も減り、つまらなくなったこのマンガがにイラついていました。この作品を辞めることでジャンプの新陳代謝が活発になり、黄金期がやって来るんじゃないの?と思っていたりもしました。

 ただ、もう最終回も近くなってくるとやはり淋しい。普段ジャンプを買っていて、最後に読んでいたこち亀。今週も面白くないな、まだ続くのかよと思っていたこち亀。昔は面白かったけど現在はただの老害漫画だと思っていたこち亀

 ごめん。認識が甘かった。漫画の面白さ云々は別として、この作品は週刊少年ジャンプを支えている屋台骨そのものであり、40年という長い連載の歴史のなかには自分の少年時代も含まれていることを考えてみた時、こち亀は自分自身のクロニクルでもあるといえます。 なんだかんだいってもこのマンガ、僕は好きだったんだな。

 

 

 

※昭和から平成の時代と風俗を知るという意味で、歴史資料的なマンガとなるかも。

 

 

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続き。

こち亀の歴史40年でもっともおもしろい単行本は51巻である。

こんにちは。

 

本日のブログのテーマは週末にいきなり飛び込んできた「こち亀の連載終了」の話題。実は最近、ジャンプの連載作家が最も好きなエピソードを厳選して編集した40周年記念号のムック本「こち亀ジャンプ」を買ったのでその感想でも・・・などと思っていた矢先でもあったので出鼻を挫かれた思いもあります。

 この長期連載作品の感想については多くの意見もあるでしょうけれど、僕は今まで発行されたコミック本全199巻の中で傑作ぞろいの巻数を紹介。独断と偏見だけど、それはずばり第51巻。

 

  

 50巻の節目を越えて、自らの歴史を背にする両津が渋い表紙です。僕も多くの人が考える通りこち亀が最も面白かったのは1980年代後半論者ですが、その中でも珠玉のギャグエピソードが満載。以前ブログで紹介した両津の道楽党の物語「道楽党起つ!!の巻」も、この51巻に収録されています。

 

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 この51巻で最もおすすめなエピソードは「ハワイアン・パラダイス(前編・後編)」やや物語のネタバレになっているので注意。

 

 物語は両津/本田の二人組が仕事をサボって海水浴に来た所から。本田の何気ない話で両津は中川と麗子が上司の大原部長の無欠勤勤続を祝うため、ハワイにでかけている事を知り激怒。自分だけのけ者にされた悔しさを晴らそうと「無謀だ!」と叫んで嫌がる本田と白バイを手作りのいかだに積み、海水浴場からハワイ目指して大海原へ漕ぎ出します。ハワイの方角は全然わからないが海流は日本から太平洋に向かっているため問題ないと語る両津ともめる本田。その騒ぎで買い込んだ食料を海に落として、サメに食われる非常事態も発生して絶体絶命のピンチに陥ります。

 

 水や買い込んだ食料を失ってさすがの両津も「冗談抜きにこのままくたばるかも」と弱気になった時、近隣の海を航海していた小型のヨットに発見されて危機を脱出。小型ヨットはフィジー諸島に向かうとの事だったけどハワイの近くに連れて行くことを約束。その間に海図の見方を本田に帆の操作を両津に教えます。

 

 遠ざかるヨットをみつめ「ハワイは船で2ヶ月かかる。この話は最初からムリあるんだ」とグチる本田を「子どもの読者は知識が少ないからしらんぷりしていりゃいいんだよ!」と殴る両津。そんな二人の前にみえてきたのは重くて暗い雲。危ないので避けましょうという本田を「心配するな。名スキッパーの技術を見せてやる!」といって無謀にもその雲へ突っ込み、その結果、大嵐に巻き込まれる事に。「何が名テクニックですか!嵐のど真ん中じゃないですか」と泣き叫ぶ本田に必死の形相で 「こんな波の中で練習してない!運のを天に任せるしかないぞ!」と帆を操る両津。二人の運命はどうなるやら・・・っていうところまで前編。後編含めておもしろい物語なのでぜひどうぞ。

  

※俺が独断で選ぶ名作エピソード10やろうかな。

アイスキャンディーの棒がプラモになるアイスってあったの、みんな覚えてる?

こんにちは。 

 気づいたら本日は8/30となり、夏ももう終わり。ただ、暑さはまだ続いているので冷たい飲み物やアイスなどはまだ手放せません。先日この記事をブログに書き、「懐かしい!」「知らなかった!」といった反響を読者からいただきました。

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 僕が小学校に入学する前後の昭和50年代中期には、最大で3本当りという太っ腹なアイスキャンディーがあったっていう話なんですが、実はこの頃にはもっと変わったヘンテコなアイスもありました。ブログの題名にも書いていますがアイスキャンディーの棒がプラモになるアイス。その商品名は「ぷらもで〜る」。

 正確な商品の発売時期は明確に覚えていませんけど、こども心にCMを見て「何だこりゃ??」と大きな衝撃を与えた僕にとっては幻の商品です。コレ欲しかったんだけど近所のお菓子屋さんを幾つか回ったものの置いている店がなかったため結局買えず。さらに商品自体もマニアックなためか誰も知らない。友人に「ぷらもで〜るっていうアイスを覚えてる?」と話を振っても

「何それ?」
「お前の記憶違いじゃないか?」
などと、どれもこれも僕の記憶力を疑う発言のオンパレード。なにせ4歳前後の記憶だからなぁ・・・勘違いなのかな・・・とか思いながらググってみたら

 

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 ありました!!!!!!

 久々に、僕は僕に対して「俺の記憶力をナメるな!」と勝ち誇りました。
写真によるとバーにはめ込み式パーツがついていて、それをくっつけると数センチのプラモになるといった商品だったみたいです。この商品、再販されないかなぁ・・・。

  

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※プラモデル製作がヘタだったので、この教科書であらためて勉強したい!

オリンピックの聖火を守った蕎麦屋のある発明物語

こんにちは。

 なんだかんだで今年のリオデジャネイロオリンピックもあっという間に閉幕。テレビで競技を見たのはたまたま見た2種目程度なので、巷の熱狂に身を委ねる事もないある意味でさびしい夏でした。っていうか正直言って日本のオリンピックのメダル数とかどーでもいいんですけどもね。正直言って4年後の東京オリンピックもそんな感じになるんだろうと思います。

 

 さて本題。2020年にオリンピック開催地となる東京は、52年前の1964年にも大会の会場となりました。本日のブログは、その大会で東京オリンピックの「聖火」を守ったある蕎麦屋さんについて。物語の舞台は昭和中期。その当時の日本の蕎麦職人は調理担当の職人のほかに、出前を専門とする職人がいたそうな。

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 全盛期だった昭和の初期から中期頃までは、一回の出前で100食近くのそばを担いでお客さんの家に運べる職人も多くいたということです。ただ、その職人の活躍できる場所は車やバイクの普及で交通量が増えてきた高度成長期の前後で大幅に減少。交通事故に巻き込まれる職人が年々増え続けていることに心を痛めたある蕎麦屋の主人が、バネや空気の力でそばを置く台を安定させる仕組みを作り、自転車に取り付ける形式を考案しました。それが以下の「出前機」。

 

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 外を歩いていて見かけることも多い「街の風景」っていうやつです。さて、このそばの出前機が、オリンピックとどうつながるのか?オリンピックで行われている「聖火リレー」は松明に燃えているものとは別に何らかのアクシデントなどで炎が消えたという事態に備えて「予備の炎」を準備しています。この頃の日本は道路がまだ未整備な地区も多かったため、聖火の予備がランプの運搬中の振動によって消える事態もおおいに考えられた。そこで白羽の矢が立ったのがこの出前機。オリンピックの予備になる炎を灯したランプはこの出前機に取り付けらる形で車の座席に搭載。日本全国7000㎞を走って、大切な聖火をみごと守りぬいたのでした。この出前機を発明した蕎麦屋さんもオリンピック開会式に招待されており、点火された瞬間に自分の発明が思わぬかたちで大役を果たせた事に、いたく感激したそうな。

 

 その東京オリンピックを支えていた出前機は現在、東京の秩父宮スポーツ博物館で大切に保管されているとのこと。長い年月を経て、再び東京にやってくるオリンピック。世界で最も大規模なスポーツと平和の祭典を人知れず守った出前機は今、ひとり何を想うだろう。

 

※本日のブログネタ、この漫画のうけうり。

 

終戦の日に大人が「反戦」「憲法改正反対」を語らなくてどうする!

こんにちは。

 昨日は8月15日。戦後、71年目の日でした。本日のテーマは「反戦」。このブログ記事を通じて僕は「戦争はイヤだ!」と語りたく思います。

 そんなことを思ったのは、この記事を目にしたことがきっかけ。

lite-ra.com

 女優の吉永小百合さんが、自らパーソナリティーを務めるラジオ番組で憲法9条の重要性を訴えたとのこと。吉永さんは護憲派として多くのメディアで持論を語っており、女性週刊誌でもこのように話しています。

以下は記事の引用。

 最近の吉永が最も危惧しているのはその「護憲」「反戦平和」を口にすることすら難しくなっているという時代の空気感だ。現在発売中の「女性自身」(光文社)8月23・30日合併号に、吉永と政治思想学者・姜尚中氏の対談が掲載されている。
 冒頭、吉永は自身のこんな体験を語っている。「私は若いころ、母に『なぜ戦争は起こったの?反対はできなかったの?』と質問したことがあるのです。そしたら母は、ひと言『言えなかったのよ……』って。言えないってどういうことなんだろうとその時には理解できなかったけれども最近、母の言っていた意味がわかります。今の世の中を見ていると息苦しい感じがして」

 この発言を読んで、「大げさじゃないの?」とか思う人もいるでしょう。だけどこの記事を読んでいると吉永さんの危惧を「杞憂」とは笑えません。

lite-ra.com

 コメントの中には「式典の妨害をすりゃ当たり前」との意見もあるだろうけど、わざわざ警察が出るほどのものなのか?記事にも書いてあるけど、このテのヤジなどは以前からあったもので、今回わざわざ騒ぎ立てるようなものでもなかったという話でした。さらにいうとこのヤジをぶつけた人は別に首相に近づいたわけでもなく、首相のスピーチを邪魔してもいない。首相があいさつのために、演台に向かっていた際に批判を投げただけ。
 百歩譲って近くにいたお巡りさんがその人に近づき「式の最中にヤジはおやめなさい!」と注意するとかいうのだったらまぁ分からなくもありません。だけど数人の警官がその人を取り囲んで事情聴取ってそれはやりすぎじゃない?って思っちゃいます。

 なぜ戦争は起きたのか?その戦争に反対できなかったのか?という吉永さんの問いに

「反対できなかった」とだけ答えた吉永さんのお母さんの発言。それを見て僕は10年以上前に読んだある本を思い出しました。

  

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 サブカルチャー反戦論 大塚英志

 漫画原作者として活動しながら、サブカル表現や世相などについての評論活動を続ける作家、大塚英志さんの語る「反戦」本です。大塚さんはこの本で、こんなふうに語っています。

「現在」は「戦時下」にある。

 このフレーズはすごく重要なものだと僕は思っています。この本の出版当時、日本は小泉政権。9.11以降、日本政府や国民がアメリカの政策に追随する事が当たり前だ!みたいな雰囲気が漂っていた時期です。大塚さんはこの時期について「有事や戦争の不安をあおる声が大きくなり、気がついたら『有事』『戦争』に備えろという意見が論議の前提になっている。まったく逆のことばが極めて発しづらくなっている事態を『戦時下』である」と指摘。さらに「アメリカが日本に求める立場について異を唱える意見が『失言』だとか『謝罪対象』になり、小さなタブーになっていくようなこの空気を僕は『戦時下』だと考えるのと同時におそらく、現在から数十年前のこの国の人々が体験した『戦時下』もこういった空気だったのだろうと想像する。太平洋戦争時代に人々が戦争への異議を唱えなかったのは軍の統制のためだと思っていた。だけど実際は人々は自らの手で自らの中にある『異論』を封じていたと実感する」。

 人々は反戦を弾圧されたのではなく自らの手により「自らの中にある反戦」を弾圧したのだと大塚さんは訴えているのです。こういった空気の中で大切なもの。それは「国益」「国防」などの声をでかく発するネトウヨ的な空気の中でお花畑などと揶揄されても

「戦争は嫌だ!」
「国と国との間でトラブルが怒ったら交渉でトラブルの解決を図ろうとするのが政治だろ!」と、小さな声でもいいから呟く勇気だというのがこの本のメインテーマなんだけど僕もこの意見に同意します。

 だから今日は僕も、叫んでやろう。

この国に漂う「戦争美化」の空気はおかしい! 
人権を否定する自民党憲法草案は戦争に繋がりかねないのでイヤだ!

 

arrow1953.hatenablog.com

 ※「国益」「国防」とかいう単語が好きな人って自分がその中に巻き込まれることはないという驕りが見えるんだけど、そっちのほうがよっぽどお花畑だろう?とか僕は思う。

 

昔のアイスキャンディーは「最大3本当たり」くじつきだったんだぜ!

こんにちは。

 毎日、暑いっすね。僕も出勤時には駅のコンビニでキンキンに冷えた烏龍茶を買い、そこでがぶ飲み。この間は女子大生っぽい店員さんを前に名曲「およげ!たいやきくん」の替え歌でまいにち、まいにち僕らは鉄観音!」と歌い、その場で苦笑されました。そんな話なんてどうでもいいや。

 

 

庶民の味方、ガリガリ君の値上げ 

 さて本題。夏の暑い日に恋しくなるのは冷たい飲み物とアイス。だけどアイスキャンデーについてはどの店舗もほぼ赤城乳業ガリガリ君が独占の状態であり、選択の幅も狭い印象。

 

www.akagi.com

 

 その庶民の味方であるガリガリ君も、昨今の不況や材料費の高騰でガリガリ君が25年ぶりに値上げを決定。その値上げについてお詫びした赤城乳業の話題がニュースになる現在。いや~世知辛い、世知辛い。

 

www.j-cast.com

 

 多くのユーザーはその値上げを受け入れたみたいでしたけれども、僕としては1本100円にしてくれてもいいのでアイスの当たりを最大で3本にしてくれないかな?とか思ったりもします。いや、昔はあったんですよ。当たりが出たら最大で3本もらえるアイスキャンディー。

 

 

立たされん坊というアイス、みんな覚えてるかな?

www.youtube.com

「もうしません」の文句で3本当たり。
「ごめんなさい」の文句で2本当たり。
「気をつけます」の文句で1本当たり。

 

 最大で、アイスが3本当たるという太っ腹な商品でした。その他にも映像や写真では今回、発見できなかった雪印(現:メグミルク)の「スロットアイス」やフタバ食品の「1、2、3」など、30年ほど前までは3本もらえる当たりつきのアイスって結構あったんですよ。その頃を知っている自分としてはアイスキャンディーを食べていてあたりが出ても「1本当たりってケチくせぇな」と思ってしまう。

 

 

 ※当たりが出たらもう1枚!とかないかな?

 

 

シン・ゴジラで思い出したマイナーなゴジラグッズを語ろう

こんにちは。

 

現在、日本各地の映画館で公開中の「シン・ゴジラ

shin-godzilla.jp

 

 日本怪獣映画の古典であり、今も最新であリ続ける怪獣王「ゴジラ」。脚本・監督がエヴァンゲリオン庵野秀明監督ということもあって公開前から話題性も高く、作品の評価を知人などに聞いた限り概ね高いそうな。 実を言うと僕自身、ゴジラは苦手。物心ついた頃に見た再放送の映画がひどく怖かった記憶のせいか、どの作品もTVでの再放送を多少見た程度だったりします。もちろん半世紀以上の歴史を誇る怪獣王に敬意は抱いているけど苦手なもんは苦手なのよ。

 さて本題。今、述べたように実写のゴジラは苦手だけど、デフォルメ版のゴジラにはそれなりに思い出もあったりします。僕が小学4年生の頃に流行った「ゴジランド」というキャラグッズ。覚えてません?

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 ご覧の通り、ゴジラモスラなどがアニメっぽくデフォルメされたキャラの商品。駄菓子屋などに行くとシールとかノートなどの商品が売っており、僕の学校では集めている子も結構いました。もう30年くらい昔の話。調べた限りだとこのキャラは駄菓子屋で販売するブロマイドなどを作っていた「山勝」というおもちゃメーカーが商品展開をしていたそうな。その後、90年代になって学習研究所(学研)が子どもの教育用アニメソフトとしてビデオ販売もしたという話も。

 

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www.youtube.com

ゴジラウィキペディアで調べたら、こんな情報がありました。

ゴジラ - Wikipedia

以下、引用。

 

すすめ!ゴジランド(1994年、1996年)

学習研究所による学習アニメ。登場怪獣はゴジラ、ゴジリン(雌のゴジラ)、モスラアンギラス、バラゴン、メカゴジララドン。ブロマイドなどの商品展開時期は1985年前後で、10年後にアニメ化されたもうひとつのゴジラワールド。このブランクの期間はなにをやっていたのか非常に気になっているところではありますけども、なにせ情報がない。このキャラについて詳しい人がいたらぜひ情報下さい!

 他にも今回の「シン・ゴジラ」から連想するゴジラのマイナーグッズがもうひとつあります。それは怪獣版のチョロQ「チョロ獣」。

チョロ獣

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チョロQ/チョロ獣について詳しく知りたい人は以下のホームページ参照。

 

「チョロQ学園」

http://www11.atpages.jp/choroq/history/1983.html

筆者のチョロQ愛に感動。

 

 チョロQとはデフォルメされたデザインのゼンマイ駆動によるミニカー。1980年におもちゃメーカーのタカラ(現:タカラトミー)発売で、現在も新商品が発売されているロングセラーなおもちゃです。

チョロQ Q-eyes|タカラトミー

 このチョロQは当初、ベンツやポルシェ、ワーゲンなど国内外の乗用車をベースにしたデザインがほとんどだったんですけど

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コロコロコミックで80年代に連載されたチョロQ漫画ゼロヨンQ太」モデル。うわ懐かしい。以下ホームページより

チョロQ

この後に戦車をベースにしたコンバットチョロQなど車だけにとどまらないラインナップも続々発表されました。前述のチョロ獣もそのひとつです。ウルトラマンゴジラシリーズなどが揃ってお、ゼンマイで走らせると口から火花が飛ぶ。こんな感じでした。

www.youtube.com

 そんな懐かしのおもちゃですが「チョロ獣」を調べるうちに、こんなものも発見。

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こんな商品、あったの?

 この商品を調べたところ発売は2001年。コレって巨人ファンにはメジャーで一般的にはマイナーアイテムなのか巨人ファンと一般にとってもマイナーなのか、あるいは僕が知らないだけでメジャーな商品なのか。謎は深まるばかり。皆さんの情報をぜひおまちしています。

 

 

 

※北海道には「ゴジラのたまご」という名前のスイカもあるそうな。知ってた?