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MASTER(マスター)キートンのエピソードに「学び」とは何かを考える(ネタバレあり)

こんにちは。

 本日のテーマは「いま学んでみたいこと」。そもそもなぜ人は学びたくなるか?僕の愛読書とよべる漫画「MASTER(マスター)キートン」の主人公であるタイチ・キートン先生はこう答えています。

「それが人間の使命だから」(屋根の下の巴里より)

 

 このエピソード、全144話のなかで僕が最も好きな物語です。オックスフォード大学を卒業した後、思うところあって英国陸軍に入隊。後にエリート部隊「SAS」の曹長まで務めた異色の考古学者タイチ・キートン先生はこの物語では、社会に出た大人が再び学び直せる場として作られたパリのシモンズ社会人学校という定時制学校で考古学の講師を務めていました。学生たちからの評価は上々。長年この学校に通っている老学生は「先生の授業は中々。Bプラスの評価だ」と言われてキートンは苦笑します。だが、その老学生は「Aプラスをつけた先生の授業は後にも先にもただひとり」と、その授業がいかに特別なものだったかをキートンに語ります。

 だけど、その学校は区画整理のために廃校となることが決定。廃校で勉強から遠ざかると嘆く学生をどう励ますべきか。そんな時、ふとキートンはオックスフォード大時代の恩師「ユーリー・スコット教授」の武勇伝を思い出します。ユーリー教授は第二次世界大戦中、ロンドンがドイツ軍の空襲を受けた後、瓦礫の中からテキストを拾い上げて学生にこう告げるのです。

 

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出典:MASTER(マスター)キートン 屋根の上の巴里より

「ドイツ軍の狙いはこの空襲で英国民の向上心をくじくことであり、今、ここで勉強を私たちが放棄したらそれこそヒトラーの思うつぼである」

 ユーリー教授は空襲後の講義を通じて「どんな時でも学びを手放さない。学び続けることこそ人間にとって喜びだ」ということを学生に教えたのでした。

 

 そしてシモンズ社会人学校の最後の授業の日。学生たちに学問とは何か?を語ろうとするキートンの前に政府の役人や大臣が乱入。「今は授業中」とその行為を止めても地位をかさに尊大な態度の来賓を前にキートン「大臣でも静かにしなさい!」と怒鳴り静寂を取り戻した教室でこう語り続けます。「人間は好奇心や知る喜びがあり、一生学び続けるべきだ。出世や肩書きのため学ぶのではない。知る喜びを持つ私たちには学び続ける使命がある。だからこそ人間は学ぶのだ」(セリフ要約)

 

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 多くの拍手の中、キートンの講義を褒めながらもBプラスと評していた老学生が「キートン先生。Aプラスをあげましょう。以前、同じようなことをいって自分たちの学びを励ましてくれた先生がいた。自分が講師の授業にAプラスをつけたのはその先生以来だ」と嬉しそうに語ります。その先生こそキートンの恩師であるユーリー教授であり、この瞬間ユーリー教授の学びへの思いは後に続く世代に確かに受け継がれたというお話でした。

 

このエピソードを読んで20年になるけど、今もこのセリフは色褪せません。

 

※2017年1月31日追記

本日、ツイッターのトレンドに「マスター・キートン」が上位で上がっていたので何事かと思ったらこういうブログの記事がありました。

 

srdk.rakuten.jp

 MASTER(マスター)キートンの1巻収録「砂漠のカーリマン」より。中国のタクラマカン砂漠ウイグル族の長老の息子との遺跡発掘を巡るトラブルに巻き込まれたキートンがサバイバル知識を駆使して砂漠のど真ん中に追放された発掘隊と生還を果たす物語。マジでやる人いると思わなかった。

 

 ※他にも名作揃い!ぜったいに読むべき!

今週のお題「いま学んでみたいこと」