サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

どうしてラーメン屋さんは写真で腕組みをするのだろう?

こんにちは

 今日はこのブログ記事から。

 

tm2501.hatenablog.com

 

 僕の感覚だけど、ビッグコミックスペリオールで「ラーメン発見伝」という漫画が連載されていた15年ほど前からラーメンのブームが始まったことで背脂系、魚介系などの分類が出回り、日本各地でご当地ラーメンなるメニューを積極的にアピールすると現象が広まった印象があります。長い行列ができるような人気の店にはすぐマスコミが喰らいつきその行列を見た人たちが更に長い行列を作るという現象があったけれど僕も40歳を超えるとそういうメニューを食べ続けるのはキツい。そうは言っても、今でも脂ぎったラーメンは好きなんだけど食べたとしてせいぜい1ヶ月に1回前後でしょうか。

 

 さて本題。僕、ラーメンのガイドブックや食品メーカーなどとタイアップしたインスタント麺のパッケージを見ていていつも疑問に思っている事があるんですよ。

なんでラーメン屋さんってみんな、写真で腕組んでるの?

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 全員で目を鉢巻で隠しているので、お客や新人の店員相手に暴力事件を起こした「ヤカラ」にしか見えないわ。どうせだったら素人のエロ投稿画像みたく、手の甲で目元を隠せばそれなりにおもしろいのに。そんな話はどうでもいいんだけど、客商売のくせにこちらを睨みつけて、腕組みとはどういう了見なんでしょう。アレか?あの腕組みポーズで「男は黙して語らず」っていう美学を体現してるつもりか?そのわりにはラーメン屋って味のこだわりについて、多弁な店が多いのはどういうこと?

 「水は○○から汲んできた地下水を使用」とか「麺に○○産の小麦使用」とかその店のこだわりや、「丼一杯にこめるラーメンへの情熱!」みたいな精神論っぽいポエムを張り紙で語っていたりするのをみると、実はラーメン屋さんって素材で味の差別化を図れるようなスキルがなくてもやれるんじゃないの?とか殆どのラーメン好きは味の違いを理解できないからこそ味の秘密である素材の情報を張り紙で伝えたり、精神論に逃げたりするんじゃないか?と考えちゃったりします。まぁどうでもいいんだけど、全面的に強面を押し出しているくせしてやっていることの女々しさにギャップを感じてなりません。だって実際にフレンチとかイタリアンの店で「素材は○○産」などといった張り紙のある店って記憶にあるか?

 

 素材を味じゃなく言葉で語る事が許されているだけでなく、店主の腕組みや店のモットーを表す薄いポエムめいた努力目標、メニューの素材を羅列した「お店のこだわり」なる冗長な能書き。そういったもので店やメニューの味を雰囲気を表現している「ラーメン」っていう料理はどことなくサブカルっぽい。

  

 ※日本で最強のラーメン職人は誰かと聞かれたら、僕だったらチキンラーメンを発明した安藤百福さんだと答えるかな