読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

ブレンディのCM批判から僕の感じる卑怯さ

社会 サブカル

こんにちは

 

昨日のブログ記事はSmartnewsに

取り上げられた事もあって、多くの閲覧をいただきました。

 

arrow1953.hatenablog.com

 

そんでもって、こっからが本題。

ブレンディのCMについて批判をしていた

ブログやツイッターのまとめを見て僕が抱いた違和感。

それは映像を見て「気持ち悪い」というわりに

その「気持ち悪さ」の根源を突き詰めている人が少ない点。

 

セクシシズムだの女性蔑視だの、管理社会だの、

周囲の人がそれを読んでも、無難に同意をするだろうと

思われる部分への批判がやたら多いけれども

 

違うでしょう?

 

あのCMで最も気持ち悪さ、不快さを抱かせるのは

擬人化した牛の少年の行き先が牛肉の加工肉工場と分かり

絶叫するあのシーンだったんじゃないの?

なによりその絶叫した牛少年の背後にいるのは安全な場所で

「生きるため」という大義名分で牛肉を食べて、

美食を楽しんでいる消費者としての自分達であるという

現実への拒否反応こそが視聴者の抱いている

「気持ち悪さ」の根源なんじゃないのか?と思うのです。

 

だけどCMの批判記事もツイッターの呟きも

自分が見た限りではほとんどそこにはふれていませんでした。

全部が全部ではないにせよ。代わりに映像を叩く材料に

多くの人が使っていたのは女性蔑視だの出来の悪い社会風刺だの

ある意味で万人受けする論点でした。

 

殆どの批判が

「牛という家畜を食らって人は生きている」という本質的な部分からずれた論点となっているのは

多くの人がそこに無関心でいるからなのか。

 

または、CMの映像が人間と牛の関係の本質に

触れている事に気づき、視聴者が気持ち悪さを抱いても

そのシーンの否定は牛の消費者である自分達の否定にも

繋がりかねない。だけど批判だけはしたいので

別の当たり障りの無い論点を見つけて攻撃をしているだけなのか。

ブログの批判や分析などを見る限り、僕はそのどちらかだという

感想しか持てませんでした。

 

別にいいじゃない。

CMの牛の少年の今後を想像して気分が悪くなっても

夕飯に高価なビフテキが出たら大喜びで食べるのが人間だよ。

 

そこに目を塞いで、映像を「気持ち悪い」と

声高に叩くっていう態度はずるいんじゃないの?と

思うんだけど皆さんはどうお考えになりますか?

 

 

※考え疲れたらコーヒーでも。