読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

節分の時期に伝えたい、ある優しい鬼の物語 -べっかんこおに-

こんにちは。

 

昨日は節分だったので

本日のブログでは「鬼」を題材にした

ある児童文学を紹介したいと思います。

 

その作品の名は「べっかんこおに」

「べっかんこ」というのは、今でいう

「あっかんべー」のことをいいます。

 

むかしむかし。

あるところに鬼達の暮らす山がありました。

鬼は人間にとって恐怖の象徴でもあり

悪さをした人間を叱る役目を持つ畏怖される存在でも

ありました。その中に、鬼のくせして

まったく怖さを感じさせない間抜けな顔の者がおり、

それは鬼達から「べっかんこおに」と

呼ばれていつも馬鹿にされていました。

 

気弱で優しい性格のべっかんこおにはいつもひとり。

そんなある日。べっかんこおには里で暮らす

盲目の少女「ゆき」と出会います。ゆきもまた

盲目ゆえ、里のみんなに蔑まれて孤独を味わっていました。

 

そしてこの二人は出会い、夫婦となります。

ゆきは自分の愛する夫の顔を見たいと思うようになり、

ゆきを不憫に思ったべっかんこおには「山姥」に

何か妻の目を治してやれる方法はないものかと相談。

山姥は谷の中腹にある薬草が効く。だがその谷は

あまりに険しいため屈強な鬼でも薬草を手にするのは

極めて困難だと教えます。危険を承知でべっかんこおには

ゆきの目を治そうとそれを探しにいき、命がけで

その薬草を見つけました。

 

その頃。その谷にはゆきの父もいました。

娘がいきなりいなくなったのは

べっかんこおにが娘をさらっていったからだと

思っていたゆきの父は猟銃を手に、長い間

山を探し回っていたのです。そしてゆきの父は

薬草をもってゆきのもとへ走っていく

べっかんこおにを見つけ、引き金を引きました。

 

薬草のおかげで目が見えるようになったゆきが

最初にみたのは胸を銃で貫かれて血まみれになった夫でした。

べっかんこおにはゆきを泣かせまいと自分の顔の醜さを

笑え笑えといって笑わせ、ゆきは涙をためながら

大笑い。そこへゆきの父が現れて目が見えるように

なったゆきに自分が父と名乗り、里に連れ帰ろうとしますが

ゆきはそれを拒みます。

 

自分の愛する者を私から奪ったお前は父じゃない!

私にとってはお前こそ「鬼」だ!

ゆきは怒りに身を任せ、般若になってしまいました。

 

この物語のあらすじは上記の通り。

 

僕はこのお話を小学校の演劇教室で見ました。

 

あまりにも悲しい結末と怒りで我を失って般若になり

踊り狂うゆきの姿、さらに最後に出演者全員で歌う

悲劇的な結末を招いた人間の無知な行動を批判するような

 

「鬼っていったいなんだろう!」の叫び。

 

胸を鷲づかみにされて泣きたくなったのを

今でも覚えています。

 

そしてこの時期はいつもこの歌を僕は口ずさむのです。

 

鬼っていったいなんだろう。

鬼っていったいなんだろう・・・。

  

ゆきこんこん物語復刻版 [ さねとうあきら ]

ゆきこんこん物語復刻版 [ さねとうあきら ]
価格:1,296円(税込、送料込)

 ※べっかんこおにはこの童話集に収録。

 児童文学って大人にも強く訴えるものが多い。