サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

自民の改憲漫画が、あまりにも酷い

こんにちは。

 本日のテーマは自民党が発行した憲法改正漫画。その話に触れる前に先日、25年後の東京ラブストーリーを掲載した事で話題になった週刊漫画誌が「日本国憲法」を特集。人気作家が憲法とそれを柱とした現在の日本の風景をイラストで表現するのだそうな。

 

 さっそくこの号を買って日本国憲法の「前文」から第三章の「国民の権利及び義務」を熟読。それ以降の第四章「国会」、第五章「内閣」第六章「司法」〜第十一章「補則」については勉強が足りないため、時間をかけて読もうと思っています。

 

f:id:arrow1953:20160705073513j:plain

 

 知識不足を承知の上であらためて日本国憲法を読んでいて、僕は日本国憲法とは「この国で僕らが、幸せに生きていくためのガイドブック」だったんだなという感想を抱きました。この国の憲法は僕らに、こう語っているように思えるのです。

 

「この国の主人公は、この国で暮らしている皆さんひとりひとりです。皆さんは性別や人種、物事についての考え方、生まれ育ちや社会的な地位で差別されません。皆さんは各々『幸せ』が何なのかを考えて、それを追い求める権利を持っており、国はそれをサポートする義務があります。たとえそのプロセスで道を誤っても、この国は皆さんの生きる権利をできる限り支えますので、困った時にはお気軽に声をかけて下さい。

※国におんぶにだっこっていう意味ではなくあくまで自助努力が前提だけど。

 皆さんは独立した思想や考えを持っている『個人』であり、公共の福祉に反しない限りその個性は最大限尊重されるべきです。

 

※他の個性の考えている『幸せ』と衝突した時には議論によって両者の落としどころを探しましょう。まかり間違ってもその個性を暴力や権力などで捻じ曲げるようなことがあってはいけません。このように、この国では最大限、皆さんの自由を妨げません。国民の皆さんがこの国でどう生きるべきか、この国をどうしたいかを、一所懸命考えて下さい」

 

 国民の権利、義務について述べている第三章を自分なりに解釈させてもらうとこんな感じかな。これらはすべて憲法前文にあるとおり

「政府の行為に拠って再び戦争の惨禍が起こることのないやうに決意し、ここに主権が国民に国民に存ずることを宣言」するために明文化されたもの。

 つまり、戦争中はコレとは真逆のものがまかり通っていた事になる。 現在の憲法とは逆の価値観だった戦時中、最も苦しみを背負わされたのは人権、家族、友人、自由な考えなど人が人として生きていくため欠かせないものを奪われたこの国の人々でした。その反省から、国家<人の尊厳を明文化した憲法が生まれたというのが、僕の理解です。そういう意味で「国家」を自らのアイデンティティと捉える人たちが現行憲法をおもしろくない!というのもまぁ、わからなくもありません。

 
だけど、甘いよね。

 

 この国の憲法は国民に自由と生きる権利を保障するけど国民、かくあるべし!みたいな具体的なモデル像を提示しません。モデル像があったほうが何も考えずに生きていくだけでそっちのほうがラクなのに、現行の憲法はそれを僕らに許さない。ただ「貴方の幸せは、貴方のものでしかありません。だから自分で自分の幸せを考え、自立して生きなさい」と穏やかに語り、国に拠ることを許そうとしない。憲法改正派の人たちは現行憲法を「お花畑」などと揶揄したりしますけれど、そんなことない。寧ろ逆で「国家から自立なさい」と語っているように思えるのです。

 

 いやほんとにこの国の憲法って考え方によっては国民を甘やかさない厳しい憲法だと思う。以下のマンガは自民党のホームページ経由でダウンロードできる日本国憲法改憲についてのマンガだけどもツッコミどころ満載。全編ざっと読んでほんとくそつまんねーマンガで、これについては徹底的に批判したいんだけどここだけは今、ツッコませてもらいたい。

f:id:arrow1953:20160704010518j:plain

※経済でも防衛でも喜んでアメリカに尻尾降ってる連中がどの面下げて?そもそも現行憲法GHQの押し付けだと言う人がいるけど、日本人の憲法学者などで集まって発足させた「憲法研究会」の憲法草案要綱GHQが参考に策定したのが現行憲法であって、そういう意味ではGHQって押し付け者っていうより監修者なんだけどもね。つまりこの憲法の押し付け論っておもに左派で集まった憲法研究会の草案が気に食わなくて、その経緯を無視しているだけ。

押し付け憲法論 - Wikipedia

  

 この辺りを踏まえてやっと本題。

f:id:arrow1953:20160704005453j:plain

ほのぼの一家の憲法改正ってなぁに?について。

 

 物語の登場人物はどこか頼りなさげな夫、ささいなことですぐにキレる妻。物心ついたばかりの息子、それを諭すおじいちゃんとひいおじいちゃん。物語はとある休日の昼下がりにいきなりブチギレる妻の怒鳴り声からスタート。

 

f:id:arrow1953:20160705235922j:plain

 でもって何の脈絡もない憲法論議に突入。そんな情緒不安定な妻をなだめるのが自分たちにとって都合のいい憲法=GHQの押し付け説だけを語り、さもそれを事実だといわんばかりにお説教を始める老害。自民お決まりの構図ってやつです。

f:id:arrow1953:20160706001120j:plain

f:id:arrow1953:20160706001229j:plain

 

※実際には、日本人の憲法学者などが集まって発足した憲法研究会の憲法草案をベースに作ったという説もあるので、必ずしも押し付けではありません。このブログ記事のメインはこの漫画の批判なので憲法論についてはブログでコレ以上触れずそろそろ本題。

 

 さて。漫画の描写で気になる点を羅列していきましょう。

 

①曽祖父、祖父、夫、妻、息子で曾祖母、祖母、娘がいない。
②感情的にいきなりキレる無知な妻。
③それを諭す曽祖父。

 

 この3点を統合して考えていくと自民の考えている家族のビジョンとは女性というのは無知で感情的なために、男が威厳を持って女性を「教育」するべきっていうものなんだろう。また、この家族に娘がいないのは「女性は、跡取りを生むためだけの機械」であると思っているからじゃないのか?そういやちょうど今から10年ほど前に、こんなことを言っていた大臣がいましたっけ。

 

「15-50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」

 

柳澤伯夫 - Wikipedia

 

 その発言の後でひどく炎上したため、この人、見苦しくいいわけをしていたけれど、この漫画を見るかぎり「女性は子どもを生む機械」っていう考えって自民党の共通認識なんだろうと思わざるをえません。どちらにしても、この歪な家族構成を見るかぎり、この人たちの根底にあるのは男性優位な発想であることは間違いなさそうです。同様の指摘はこの18歳向け選挙啓発漫画でも当てはまります。

 

f:id:arrow1953:20160528225712j:plain

  

 話は横道にずれるけれど、せっかくだからどんな漫画なのかみてみましょうか。まずパンフレットのタイトルがダメ。これは椎名軽穂センセの作品「君に届け」のパクリなんでしょうか?「君に届け」は寡黙なため、周囲から「コワイ」と誤解を受けているけれど誰より周囲に優しくて誠実な女の子「爽子」が自分自身の殻を破っていきながら、クラスの人気者男子「風早くん」との恋を育てていくプロセスがおっさんにはまぶしい少女漫画。その作品とパンフレットに掲載されているマンガを比べたら、雲泥の差です。
 

 冒頭からげんなりさせるクオリティにボルテージだだ下がりだけど、漫画のページを見てみましょう。では最初のページ。 

f:id:arrow1953:20160528232529j:plain

「軽いノリじゃダメですか?」 

 

 ダメに決まってるだろう!と怒鳴りたくなるのを抑えてここで疑問。いや別に軽いノリでもいいんだけど、あんたら(自民)そういうわりにどこの選挙区も党員総動員じゃないっすか。学生のそんな軽いノリで、決められてもいいの?と思うとこの言動不一致さもよろしくありません。そういや僕が学生だった頃に、ある選挙区の演説で候補者が「〇〇を男にして下さい!!」とうるさく繰り返しており、その喧しさに腹を立てた友人が「男にして下さいって、お前童貞かよ!」と野次って周囲の爆笑を誘い、候補者を言葉に詰まらせたシーンを生で見ましたけど、その友人みたく会話において頭の回転が早くて機転が利く人材こそ政治家にふさわしいんだろうなと思います。いまソイツがナニをやっているか分からないだけに非常にもったいない。漫画本編ではこの遅刻少女を鼻で笑ういけ好かない少年が登場。この少年、地元の議員の息子だそうで。もう、こういうところにも鼻につく選民意識が漂っており、読者の反感を買うことは必定。政治家の息子で生徒会長=サブカルの世界観では「嫌われ者のデフォルト」だっていうことを知らないんでしょうか?

  

 次。さてさてそんな優等生で政治にも興味ありそうな生徒会長くん。同級生との帰宅時になにやら政治談議。

 

f:id:arrow1953:20160528235353j:plain

「人口が減っていくと経済にも影響が…」
「僕たちも何かしなきゃね」

 

 なにこの薄さ。あんたらの世代だったら「教育の機会均等」とか「景気に左右される雇用」とかいった語るべきテーマも多くあるだろうに!そんな表面的な大人の口真似の政治議論なんて誰の心にも響かねぇって!せめて「そういやあの甘利って人、どうなった?」「よく分からないがテレビで見ないね」程度のことは言ってみろといいたい。こういった「自己批判」できる勇気と懐の広さを見せつけてやるのが政権与党の心意気だろ?って思うんだけどもそういうのをちっともやらない。そういうところに現政権の器の小ささが見えちゃっているので気をつけてもらいたい所です。
 

 そして物語のクライマックス。この人間性がな薄っぺらな生徒会長と仲良くなりたい女の子は一緒に選挙にいけば仲良くなれるチャンスだと思い、投票所にいこうと決意。そんでもって、選挙当日。このイヤミな生徒会長は主人公の女子に「誰に投票するかを決めた?テキトーに?」と変わらず偉そうな態度。女の子はその問いに「私なりに理念とか志とか調べたもん!」と頬を膨らませるけれど、義務教育の公民で習うことさえもろくに知らないバカ扱いをしてきた彼女にどんな理念が理解できるというのでしょう?

 

 先ほどの自民議員の「子どもを産む機械」発言や義務教育で得られる知識さえロクに理解できていないバカ扱いされた女子などを見てもやっぱり自民党は女性を男性よりも劣ると見下しているのは明らかであり、その態度は性差別を許さない日本国憲法の精神に反していると思うのですが、憲法の改正の動機にはおそらく女性が社会に進出したことで肩身が狭くなっている男の威厳を回復させるため女性に対して男性を優位に立たせたい!という、みっともない嫉妬めいた願望があるんじゃないか。少なくても僕はそう感じました。

 

 そしてここからがさらに重要。何度も言わせてもらいますけれど、自民党はともかく「個人の権利」というものを嫌っています。

f:id:arrow1953:20160705001814j:plain

 この老害どもが偉そうな態度で語っている主張は大ウソ。「公益=みんなの利益」だけを意味しません。公益とは「社会一般(大多数)の利益であり公共の福祉とは「お互いの自由と人権の公平性を保つための原理」も含んでいます。
 

 もしも、この公共の福祉が公益のみを意味するものだったらどうなるか。例えばあるコミュニティーで僕がヘビースモーカーだとします。20歳を超えた成人だったら僕にはタバコを吸う権利がありますが、その一方で僕の周辺には「タバコのにおいや煙がイヤなので、私の近くで吸わないでもらいたい」っていう人たちが大勢いて、僕みたいな喫煙派が少数だとする。公共の福祉が公益だったら僕のタバコを吸う権利が認められません。この場合、喫煙という行為は「大勢の利益に反するから」です。それとは逆に嫌煙家が少数派でヘビースモーカーが大勢な状況なら「タバコ吸われるのはイヤなのでやめてほしい」といえません。この場合「喫煙できる環境」こそ公益となるためです。
 

 このように両者の(幸せを求める権利)が対立する場合には、お互いの持つ権利を最大限尊重して解決策を模索する。上記のケースならオフィスに「分煙室」をつくるという妥協案あたりが現実的な解決策になるでしょう。この辺の議論はたいへん難しくて、現在でも多くの憲法学者が意見を戦わせています。ただどちらにしても公共の福祉=公益だと簡単に断言できる問題ではありません。

f:id:arrow1953:20160705001819j:plain

 

 それをやってしまったら公共の福祉=公益=国(権力)の利益という三段論法も成り立つため、国は公益を理由にいくらでも国民に負担を強いることもできるようになる。そのため、この日本国憲法では「国より人の尊厳」という前提で作られているのです。
自民はこの個人の自由というものがキライなので、こんなメチャクチャなことをいってきます。

 

基本的人権があるからって何してもいいという話じゃない。
②今の日本の憲法はとっても個人主義
③日本じゃ、国の安全に反した行動もOKなの!?

だから、個人の自由は制限されるべきなのである。

 

・・・なにこのヒドい三段論法。

 

 つまり「個人の権利」をひどく嫌っている自民の改憲案っていうのは、個人主義が蔓延するとロクなことがない。だからこそ個人の権利を社会(国家)により制御する必要がある。個人の権利をうまく制御することで家族や地域、そしてさらにその延長上にある「国家」の威厳を回復できるといっている。そういう願いが根底にあるというのが僕の認識です。だけど、この個人の制御によって復活できる「国家」なんて 女性というのは無知で感情的になりやすいため男性に「教育」される存在であり、「跡取りを生むためだけの機械」であることを堂々と語るだけでなく、公共の福祉=公益=国(権力)の利益という三段論法を成り立たせる事で公益を理由にいくらでも国民に負担を強いることを目的とするろくでもない国家だろうけど。

 

 さらに次。自民党改憲案が重視するもののひとつに「家族」というのがあります。「婚姻」について定めている現行の第24条にわざわざ「家族」を付け加えて、「理想の家族」のあり方をくどくど書くくらいのこだわりです。

第24条(家族、婚姻等に関する基本原則)

①家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

②婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

③家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 お前らごときにわざわざ家族のあり方のモデルまでどうこう言われたくない!ってのが僕の感想だけど、なんでそこまで「家族」にこだわるのだろう?その答えは以下のコマにあります。

f:id:arrow1953:20160707013434j:plain

 

※物語のクライマックスで語るのは「個人の自由の強調で女性が社会進出したための家族の絆の希薄さ」の嘆き。いい年の大人がほんと情けなくてみっともねぇ。

 

 自民党がやたら家族を強調する理由。それは自民の議員たちって誇れるものが「家族」だけだからじゃない?以下のサイトによると自民の議員の4割が世襲安倍内閣にいたってはなんと5割が世襲だそうな。

 

blogos.com

 

 この「権力を握る人たち」が議員になれたのはいうまでもなく親や祖父母の七光り。つまり、自分の力ではない。従ってこの人たちのアイデンティティーは嘗て、この国の権力を握っていた家族や親戚。だから「家族の絆」というものの否定は自分たちのアイデンティティーの否定に他ならないから「家族」の重みを復権させたい。違う?

 

 以前、僕はこんな記事を書きました。  

arrow1953.hatenablog.com

 

 だけどもまぁこれは僕の妄想でしょう。国会議員という人たちはコネや金に頼ることなく自らの政策を堂々と語り、有権者にその質を吟味されたうえで選挙により選ばれた優秀で立派な人たちなんですから。 

 

日本国憲法って長々書いてきた通り、国民に国家との同一感に甘えるな!あなたの幸せはあなたで責任を持て!と語る厳しい憲法だよ。これをできない奴らが、改憲云々とうるさい!!