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サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

「聲の形」の本質は「自分勝手な二人の物語」であり、「いじめ」や「聴覚障害」ではない

社会 漫画/アニメ

こんにちは。

 

先日はアニメ映画「聲の形」上映を機に自宅にある原作を再読して、その物語の導入について簡単にまとめてみました。

 

arrow1953.hatenablog.com

 

おさらいをするとこの作品は聴覚障害を持つ少女、西宮硝子と小学校時代にこの少女をいじめの標的としていた少年「石田」の物語です。そのいじめを率先して行っていた自分自身の無知さや行為への後悔、自分への憎悪。いじめ自体が小学校で問題になった時に、全部の責任を押し付けて逆にいじめの標的に仕立てあげた小学校の担任や同級生らに対する不信感。そんな負の感情を胸に抱える石田は高校3年時に自殺を決意しますが、その前にケジメとして石田は西宮さんの所在を調べて、かつて小学校の池に投げ捨てた筆談ノートを返すため再会を果たします。いきなりの再会にひどく戸惑う西宮さんは走って逃げ出しますが、追いかける最中に転んだ後、立ち上がってこない石田の手の平に「どうして?」と書いて、石田の真意を確認。石田は手話で過去の後悔を語り、西宮さんに「友達になりたい」と思わぬ本音を伝えたことから、二人とその周囲の物語はスタートするんだけど・・・。

物語の先についてはネタをばらすことになるのでコレ以上深く書くつもりはありませんけれども僕なりの感想をいわせてもらうと「誰もが自分勝手」ってな感じです。物語だけの話じゃなくて、人間って「誰でも自分勝手な価値観の中で生きているんだな」という事実の再確認といったらいいでしょうか。

自分の人生のケジメをつけるため西宮さんとの再会を願う石田の心情は分からなくもないけど、コレっていじめの被害者だった西宮さんにしたらひどく迷惑。もう思い出したくない記憶をほじくるだけになることもありうるという発想を持っていたら、こんなことできる筈ありません。石田という少年、対峙する他者の心情に思いを寄せられないという意味で、西宮さんをいじめた頃とはあまり変わっていない。ただ、他人を理解できないから排除するという小学生時代の自分勝手さではなく「人と関わりたい」という自分勝手さに変化はしている。だからこそ西宮さんは嘗てのいじめっ子であり、クラスのみんなと仲良くなりたいという当たり前の願いや可能性を踏みにじった石田に歩み寄ったのだろうと考えられます。

自分の小学校生活をボロボロに破壊した憎むべき石田が手話を覚えて自分と会話をしている。「なんで手話できるの?」という西宮さんの手話から始まる二人の会話は西宮さんから過去の過ちを断罪されることで終わる筈だったのに、初めてお互いに言葉を語り、筆談ノートを大事そうに抱えた西宮さんは石田にノートを見せて「一度諦めたけど、あなたが拾ってくれたから(大事)」と手話で伝えます。それを見た石田はあらためて、自分が西宮さんから奪ってしまったものの大きさを実感。二人は友だちになりたい、お互いを理解したいという素直な思いに、石田の贖罪の思いが混ざった複雑な感情を抱える関係になっていくのです。

ここで視点を西宮さんに変更して考えてみましょう。自分の障害が原因で父と母が離婚することとなり、妹も「ミミナシの妹」と言われていじめ、からかいの対象になっている。小学校のクラスも自分がいるせいで周囲の空気がどことなくぎこちなくて重い。彼女もまた自分は結局、周囲の人を不幸にする存在である。という絶望的な苦しみから自らへの嫌悪感を背負っていたのでした。高校生になった西宮さんは周囲に溶け込み、まぁまぁ楽しくやっている。石田は西宮さんを探している時にそういった情報を得ていましたがそれはおそらく当たり障りない態度を周囲に見せることでつくってきたものであり、だからこそ数年の時を経て、手話を覚え自分に語りかけてきた石田に「他人と心からの言葉を通じてつながりたい!」という諦めていた願いの可能性を見た。

そう考えると二人の関係っていうのは相互理解への渇望、友達になりたいという願い、過去のいじめへの贖罪といった複雑な両者の感情が絡みあった危ういものでした。そこに小学生時代のクラスメートが再び集まりだした事で西宮さんは追い詰められます。いじめに積極的で、今もその当時を反省していない子、それを見かねて西宮さんと仲良くしたことでいじめを受けた子、消極的にいじめに加わっていた子などの互いに抱えていたものが噴出した事で西宮さんは再び「自分は周囲を不幸にする」と思い悩むようになり、物語後半でとんでもない事を実行することに。それは石田の友情や「奪った時間への償い」、わだかまりはあれども負の感情を乗り越えて関係をつくり直そうという周囲の気持ちなどを裏切る結果となった。その意味で西宮さんも自分勝手なのです。

かつて傷つけた相手に関わることを願った石田。相手と関わりたいと願いながらも、自分の思い込みで相手を切り捨てる事を選んだ西宮さん。このコインの裏表みたいな「二人の自分勝手」こそが物語の本質であり、「いじめ」「聴覚障害」っていうのは実はそんなに重きを置くテーマじゃないんじゃないのか。そんなことを考えています。この話、まだ続くのでよかったらお付き合い下さい。

 

 

※イヤ、人間関係ってどれも複雑で単純なものなんてないっすよマジで