サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

日本の和菓子を支えているのは和菓子屋じゃなくパン屋だった

こんにちは。

本日のテーマはこのニュースについて。

www.huffingtonpost.jp

 コレどういう話かって言うと、小学校で使う道徳の教科書に初めて検定が入り、その過程の中で「郷土愛」「愛国心」を全面的に打ち出そうという「検閲」みたいな指導を受けた事で、各教科書会社が困惑させられているそうな。その検閲みたいな指導っていうのはどういうもんかというと道徳教科書にある物語の名称を「しょうぼうだんのおじさん」を「しょうぼうだんのおじいさん」に変更。

理由:家族などを支えてくれている人々や現在の生活を築いてくれた高齢者らに、尊敬と感謝の思いを持ってもらうため。

高齢者に尊敬と感謝云々をいうんだったら年金の支給額を下げたり受給の年齢を上げたりするな!と思うのは僕だけでしょうか?その他にも「にちようびのさんぽみち」というテーマでは出てくる登場人物はパン屋さんだったんだけど、文科省いわくパン屋がダメというわけではなく、指導要領にある『我が国や郷土文化と生活に親しみ、愛着を持たせる』という点が足りていない」というイチャモンみたいな理由でパン屋さんを和菓子屋さんに変更させたとのこと。
 教職員のためのデータベースサイト、東京書籍の「東書Eネット」によると、このお話のテーマは「自分の住んでいる町に親しみ、愛着をもつ気持ちを育てること」。小学生になり、ひとりで町を歩くなど行動範囲が広がっていく子どもたちに自分の暮らす町について興味を持って貰い、町への愛着を育てる事が目的なんだそうだけど、別に和菓子屋である必要なんてないじゃない。雑談だけど日本は英語でジャ「パン」といい、アメリカは英語で「米」国。異なる言語の国名にお互い異なる食文化が反映されている。単なる偶然?補足になるけど「にちようびのさんぽみち」について詳しく知りたい方は以下のサイトをどうぞ。

東書Eネット

 今回の教科書内容の変更については「パン=西洋文化」「和菓子=日本文化」みたいな極めてイージーな発想によるものなんでしょうけれど、このブログではそんな単純なイマジネーションしか持てない文科省のバカさを端的に示させてもらいます。実を言うと、この「和菓子」という日本の文化を最も大きな形で支えているのは和菓子屋さんではなくてこのメーカーです。

www.yamazakipan.co.jp

 

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 「パンだけではなく和菓子・洋菓子でもシェアNo,1を支えている」だそうな。

 日本の古くからの伝統とやらを表す「和菓子」をもっとも多くの食卓に届けているのは近代化、西欧化した設備による大量生産であるという事実。これは何も和菓子だけでなく他のものにも 当てはまる現実です。寿司だったら近所の個人経営の寿司屋よりも回転寿司、おにぎりも親の手作りよりもコンビニで買ったもののほうがピンとくる。おまけにそれらの原料もほとんどが外国産となっており「国産」「純日本」とは程遠い。そういや最近、日本文化の象徴のひとつ「相撲」も外国人力士に対して「モンゴル人力士は国に帰れ」なんてヤジを飛ばしたファンがいて問題にもなりました。

www.huffingtonpost.jp

 たぶんこの方が読者にウケると思ったんでしょうね。長年この国の相撲を支えてくれた外国人の力士になんのリスペクトも払わず、日本人横綱の誕生で調子こいている下品な相撲ファンに媚へつらう記事に強い怒りを感じざるを得ません。このように食品だけでなく、日本文化のシンボライズ的な「モノ」「風習」は現在、古き良き時代にあった時代のものとは異なっています。日本の文化が外国の技術、文化、伝統的な価値観を廃した近代科学によって支えられている現実を前にして、これら日本のシンボル的なものをわざわざとりあげ「日本の伝統」を声高に語りろうとするこの国の空気に、僕は違和感を感じる。
 結局の所、僕らが日本の文化、伝統と考えているものはもう「観念」にのみあるものでしかなく、純正の日本文化なんてものは最早日本にはありえない。今回のこの道徳の教科書の話題や外国人力士へのヤジはそんな残酷な現実をこの国の人々に見せつけたのではと僕は思う。

追記:産経新聞には本日、文科省が強制的に「パン屋」を「和菓子屋」に変更させたのは誤解という記事が掲載されていたので紹介。

www.sankei.com

文科省の言い分としては以下のとおり。
 「教科書全体に意見を付けられた場合、どの教材をどのように修正するか各教科書会社の判断。東京書籍は「パンやさんは、おなじ一ねんせいのおともだちのいえでした」としていた原文を、前後の文脈を変えて「にほんのおかしで、わがしというんだよ」と修正。四季の移ろいを和菓子の色と形に乗せて表現するなど、国や郷土の概念をひらがなだけの平易な文章で児童に伝える努力をしている。『パン屋』が悪いわけではない。『和菓子屋』がベストかどうかを見ているのでもなく必要な要素を満たしたので審議会で許容された。例えば、『パン屋』の記述を残しながら、あんパンが日本で定着した経緯を書き加えるのも、許容されるのではないか」

だーかーらー!

日本のシンボリックな「モノ」に頼る愛国心や郷土愛なんて空虚で無意味だというのを、何度いってもわからないんだろうなこの人たち。今回の話題について、戦中に実際ケーキ屋さんだった実家が憲兵の圧力によって和菓子屋さんに変更させられたという体験談もありますので紹介。

news.yahoo.co.jp

 昭和7年に開業した「ララ洋菓子店」は日本が戦争に近づくにつれて、物資不足からケーキを作ることが困難に。同時期に憲兵に「ララというのが西欧風の名前なので変更させろ」と圧力をかけられて戦中、和菓子屋「菊屋」を名乗らされたそうな。このララ洋菓子店は現在も営業しておりこのお店を実家に持ち、神奈川県でパン屋を営む小澤ちひろさんはその話を交えてこう語っていました。
「祖父も私も、地域に根ざして仕事をしようと洋菓子屋やパン屋をやっている。(ララ洋菓子店の歴史は)85年。二代三代とうちのお菓子やパンが引き継がれている。そうやって育つのが、郷土愛だったり国を愛する心だったりするのではないのか」

 

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 ※ナショナリズムに走る奴なんて結局、「伝統」という名の過去に逃げてひきこもり、現在をより良い時代にしようという気概のない軟弱者だと思うな。