サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

加計学園の会見で、クニミツの政(まつり)を読みたくなった

こんにちは

 この国のお偉いさんがテレビ画面の向こう側で「加計学園について政府の対応に問題ない。匿名の人間が出してきた入手経路や出どころの不明な文書を再調査する必要もない!」などと偉そうな態度で言い続けている今日、この頃。誰が何をきいても同じこと以外いわないなら、もう記者会見をやめて自分の発言を録音したデッキでも置いておきゃいいのに。とか思います。

 

 最近になってやっとメディアも覚悟を決めたのか、政府の疑惑を叩くような報道もちらほらと見受けられるようになったけど、そもそもこの国がこんな風になったのは誰のせいかというと、そりゃやっぱり国民のせいだよね。と言わざるを得ない。「国づくり」というものを深く考えずに知名度だけで議員を当選させたり、まだそれでも投票にいくのはマシな人で半数以上がせっかくの選挙権を放棄。そりゃバカな議員たちは勘違いもします。「政治を信じない国民、その不信に胡座をかいて増長をする政治家」との関係っていうのは長年続くこの国の課題。そういや今から10年程前に「無党派層には寝ていてもらいたい」と選挙前を前に口走ったことで国民を怒らせたアホな政治家もいたけど、今の政府はそのアホ政治家よりも国民をナメているという事だけはこのブログでいわせていただきます。

 

さて本題。

「国民と政治」について考えていたら、以前週刊少年マガジンで連載されていた「クニミツの政」という漫画を思い出しました。

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 この漫画は「将来は総理大臣!」と豪語するヤンキーあがりの少年、武藤国光がある自治体の市長候補の弟子兼秘書となり、奮闘を続ける事で周囲を盛り上げ、その勢いを町全体にまで広げていきながら最後には市長選に向けて大きなうねりを作っていく物語を描いた作品です。最初、無関心そのものだった市民がクニミツの熱気に心を揺さぶられた事で「政治ってなんなんだろう?」と自らに問い、それが想像を超える投票率を記録という形となって実るのがこの漫画の見所ではあるんだけども所詮はマンガの話。現実はそう甘くありません。
 この作品の連載時期は2001年〜2005年。コミックスも30巻ちかく発行されていた、当時の人気作品です。政治なんて少年マンガにはもっともふさわしくないテーマにも思えますけど、数年に渡る連載を支えていたのは単に物語の面白さだけではなかったんじゃないか。そこには「まだ政治を諦めていない、諦めたくない人たちの願い」があったのではないかと思うのです。

 

 今、僕はこの国の政治で何が必要かを考えています。景気回復か?憲法の遵守か?改憲か?政治腐敗の防止か?社会保障?テロ対策?僕はどれでもなく、この国の政治に求められているものは「結果よりも誠実さを求めるぼくらの辛抱」だと思っています。リーダーシップを持つ政治家による政治の改善!そんなのを求めるなんてそれこそ漫画です。この国の政治の改善には10年、ヘタしたら20年待たなきゃいけない。自分の現役時代で恩恵は受けられないけど、後の世のために自分達が踏み台になろう!今の政権より頼りになりそうな人材じゃなくても選挙を通じて見込みのあるヤツを長年かけて育てていこう。なにより僕らも政治家の適正を見抜く目を鍛えていこう!くらいの気概がなけりゃ何も変わらない。つまり政治家も僕らも「大人になろう」と言っています。
 

 こういうことを文章で書くと「理想論だ」と笑う人たちもいるでしょう。そのとおり、理想論です。理想だからこそ希求するのは困難で甘くありません。だけども「国民主権」とはそもそも「国づくりの究極的な責任者は国民」ということでもあります。それを選んだ政治家に任せっきりだっただけでなく、僕らはその政治家を選ぶことさえも満足にやってこなかった。僕らは「そのツケを今払わされているんだ」ということを、強く自覚するべきなのでしょう。すげー不本意だけども。