サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

「なんであんな黒いのが好きなのか?」は差別発言かを考える

こんにちは。

 本日のブログのテーマはコレ。

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www.tokyo-np.co.jp

 

 この文章の内容を簡単にまとめると、アフリカ諸国と長年交流・支援活動を行っている議員の政経セミナーで、来賓として訪れていた上記のバカなおっさんがその活動について「なんであんな黒いのが好きなのか?」ともらしたそうな。その発言が人種差別に繋がるものと騒がれたので慌てて「アフリカが『黒い大陸』『暗黒大陸』と表現されたことが念頭にあった発言で、黒人を指して言ったわけではない」と説明した。つまりこの山本議員は自分の発言は差別に基づくものじゃないといいたいそうです。

 

差別に決まっているだろバカヤロウ。考えるまでもねぇ!

 

 っていうか、そもそもこの「黒い大陸」っていう表現そのものが差別意識に固まってなきゃ出てこない発想であることに気づかない時点でトホホな人物なんだけども、自民はまた「問題ない」とかいって逃げずにキッチリとこのおっさんを追い込んだほうがいいと思いますよ。

 さて本題。この「なんであんな黒いのが好きなのか?」発言について、もうちょい踏み込んで考えていきましょう。この発言の根底は「黒いのが好き」への疑問形。いい換えるとこの発言には「黒いのへの嫌悪(虫唾が走る表現だけども、この場合は皮膚の色を意味した発言と定義)」がおそらくあります。究極的に差別っていうのはそういった「嫌悪」が広まっていき、差別する側だけではなく差別される側にまで広まっていくことで、抗し難い現実になる。つまり差別される側も自らの「黒」について否定的な感情を抱くことになる。この悪循環を断ち切ることこそ黒人差別に打ち克つために必要であるとした活動家がいます。
 

 

スティーヴ・ビコ - Wikipedia

 

 南アフリカで90年代まで続いた、白人以外の人種を差別する人種隔離政策「アパルトヘイト」に抗い続けた人物です。

 

アパルトヘイト - Wikipedia

 

 スティーヴ・ビコは60年代後半〜70年代に、自分たちが「黒人であること」への誇りと自覚を育てる、つまり国による差別で植えつけられた根深い劣等感を払拭させることこそ精神的な自立を促すものと考え、ボランティア活動の現場で文字の読み書きなどを教える活動、差別と戦うための意識啓蒙を通じた生活向上運動を。この運動は国全土に広まりましたがリーダーのビコは政府から危険視されたために投獄。獄中での拷問で帰らぬ人となりました。ただ、そのビコの発想や活動はは、90年代の「アパルトヘイト撤廃」につながる大きなものであったことは言うまでもありません。

 

 このビコの黒人意識運動から「自分の誇りは結局のところ、自分で育てる以外にない」という当たり前の事を僕らは学ぶべきなんじゃないのかな?と僕は思っています。今回の山本議員の発言を含めた差別的な発想って「自分自身への誇り」というか「たとえどこの誰でも自分は自分である」という自己の確立欠如が根底にあるように思えてなりません。ビコの黒人意識運動の示すとおり「たとえ何があっても自分が自分」という意識を確立させるものは読み書きなどの「日常に根を張っている生活文化や風習、経験、そこに紐づく自分の記憶」以外にありえない。そこを理解できていないと山本議員みたいに曲がった優勢・劣勢意識から「なんであんな黒いのが好きなのか?」とかいうアホなことを口にすることになるのでしょう。僕らも本当に「日本人であること」に誇りが欲しいなら「日本はスゴイ」と連発しているしょうもないテレビ番組を見る前に、自分の文章や言葉、食べている食事にもっと意識を働かせたらどうなの?と考えます。

 

 ん?僕は別に日本人の誇りなどいりませんよ。人種や国籍などの何らかのコミュニティーに頼った自我は所詮、前段階。最後に手にするべきは「どこの誰であっても俺は俺だ」という確固たる自我であり、既に僕はそれを持ってるので。

 

 


 

 

 

arrow1953.hatenablog.com

 こんな記事も以前書いたな、そういや