サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

ぐるなびの評価や食べログの口コミは味覚オンチのためにある

こんにちは。

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 本日はぐるなび×はてなブログの「グルメブログ応援企画」なるものに嫌がらせ。とはいってもブログやインターネットを通じた物事のレビューやランクなどに、以前から持っていた違和感などについて書かせてもらいたいと思います。

 

 

僕たちの食べているものは料理でなく情報である

 これは自分を含めた反省でもあるけど僕らは外食の時に、料理そのものじゃなくて情報を食べているだけなんじゃないか?と思うことがあるんですよ。例えばもし、僕がお腹が空いたので、近くに飲食店でもないかな?と辺りをキョロキョロ探してラーメン屋を2件見つけたとする。そのうちの1件は何の変哲もない普通のお店。もう1件は有名な店らしく、壁には取材を受けた雑誌の切り抜きなどがベタベタ張ってあるお店。お金を払うならうまいもんを食わせる店を選びたい!と考える人間の心理としては雑誌切り抜きを張りまくった店をついつい選びたくなるのが人情です。そして暖簾をくぐった僕はお店のカウンターに「東京ラーメンベスト100」とか書いてある雑誌を見つけ、その店の情報を見つけるためページをめくります。とりあえず注文は雑誌に書いてあるお薦めメニューを選択。頼んだ品がテーブルに来るまで、記事でお店とメニューについて予習しながら待ち、その頭に叩き込んだ情報を反芻しながらテーブルに運ばれたメニューを食べる。或いはページをめくりながら麺をすすったり、食べたメニューと店の名前を覚えて後日、ラーメンの専門サイトや雑誌をたよりに再検索。そうやって自分が食べているもの、食べたものの「旨さ」の根拠を他者の情報に求める。

 

 こんな経験、みんなもあるでしょう?僕も以前、ふらっと立ち寄ったラーメン屋においてある雑誌のラーメン特集をめくり、その店についての情報を見つけて読みふけりかけていたのに気づき、すごくむなしくなった記憶があります。

 

みんな、味が分からない。だからこそ情報にすがる 

 別にそういったことを批判したり、否定したりするつもりなんてありません。情報の量が多ければ多いほど選択肢も広がり、的確に物事を選べます。情報化バンザイ!だけど、僕はたまにこの情報の多さってやつにうんざりすることもあるんですよ。料理の感想なんて「旨い」「まずい」「ふつう」の三択だけで充分だろう?食ったもんが旨かったら「旨い」というだけでいいのに、どうしてその旨さの理由まで求めてしまうのか?その理由は極めて単純。世間には味に対して明確な基準を持つ人が少ない。もっと具体的にいうと世間は味の分からない「味オンチ」が圧倒的に多いのである。ということです。「麺は〇〇産の小麦粉のみを使用」だとか「スープは良質の〇〇から組んできた湧き水を使っている」とか「芸能人の〇〇が常連」とかそういう味覚とはかけ離れたところにある情報の多さに疲れている自分に対して「僕はグルメマンガの主人公や彦摩呂じゃないんだから、口にした料理の感想を『旨い』だけで留めておいて深追いしないほうが幸せだよな」とつくづく思うのです。

 

お店選びで失敗をしたっていいじゃん 

 googleで「食べログ」を検索すると「お店選びで失敗したくない人のためのサイト」とあるけど、失敗したっていいじゃん。そういう失敗だって貴重な体験だよと思うのです。そんな、ひねくれ者な自分はわざとぐるなび食べログで低ランク評価をつけられたお店を選び、そんなお店で飲み会なんぞを企画してみたい。

 

matome.naver.jp

tabelog.com 

 

 こういうサイトを読むと人の評価っていうのは相対的であり、多くの人が「ダメ」とレッテルを張ったものにも光るものがあったりするということに僕は希望を抱きたくなります。今後も食べた料理の旨さに理由を求めたがる「味オンチ」のためにグルメブログやお店検索サイトはあり続け、高ランクの店は重宝されることでしょう。僕もその味オンチの一人ではあるけど、たまにはそういったお店や料理のランクを気にせず、飯を食うっていうのも案外、気楽でいいよ。

 

 

arrow1953.hatenablog.com

 

 


 

※今回はぐるなび食べログの口コミで低ランクのお店を応援したくて書きました。いやマジでそういうお店の中にも意外とダイヤがあったりするもんだよ。