サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

国の誇りという物語の敗北

こんにちは。

 今回のブログは前回と前々回に渡って述べてきた「エロ絵と社会のあり方」。そこで何度か呟きのように書いてきた「物語の敗北」というフレーズをあらためて考えているうちに、これって実はサブカルだけでなくまさに今のこの国の国防が抱えている問題そのものを表した言葉じゃないか?という想いが湧きました。

 以前、僕は自衛隊萌え要素のある女の子のイラストをポスターに使って自衛官募集をかけている現状について批判したことがあります。

f:id:arrow1953:20180920004606j:plain

f:id:arrow1953:20180920004612j:plain

 

 国防だぞ!? この国や他の国の人の生命がかかっているリアリズムとポルノ表現をルーツにする「萌え」を握手させるんじゃないよ!さっきも書きましたが現在のアニメ表現はポルノではないけれども、ポルノ的な要素を含んだ表現であることは否定できないというのが僕の考えです。それを「個人の趣味」レベルで消費することは批判されるのに行政のような「パブリック」が市民権を得るため、広報利用することについてはおおっぴらに批判されないっていうのはどうしてなのでしょう? アニメファンにはアニメを二次元ポルノといわれて否定するのではなく「現在のアニメとポルノの境界線は確かに曖昧だけど俺は、それらが好きだ!個人的な趣味として周囲に迷惑をかけないので誰にも文句言わせない!だけど俺らよりもそのポルノ要素を出目とする『萌え』表現に擦り寄るこの国のほうが、よっぽど異常だろうが!ボケ」と啖呵を切るぐらいの強さを持ってもらいたい!

現在のアニメやマンガをポルノ扱いしながらそこに擦り寄る日本の社会はずるい - サブカル 語る。

  

 以下のニュースを読むと日本は少子化やその他の理由で自衛隊が人材不足に陥っており、おそらくその打開策で萌えイラストをポスターに使って若い世代からの支持を集めたいとの思惑があるのでしょう。

 

jp.reuters.com

 

 従来とは異なり、街中でよく目につくようになった萌えイラストに高感度アップを頼っているという有様も非常に情けないとは思いますけれども、これは「国防」というもののオプションでもあった「カッコよさ」「勇ましさ」などの物語が効力を失っているということの現れなのだろうと思っています。90年代の後半に出版された「戦争論」という漫画によってこの国ではかつての戦争を肯定するだけでなく、周辺国の危機をやたら煽って日本の勇ましさをどうにか取り戻したい。堂々と軍隊を持って国の誇りと自信を手にしたいという人たちの声が大きくなってきていました。そこから卒業できない人たちがいわゆるネトウヨというやつです。周辺国が日本を狙っている。だからこそ軍備増強を!憲法改正を!っていう物語の構造は単純化されていて実に分かりやすい。ただそれは多くの人にとって(ネトウヨ含め)はどこまでいっても単なる「物語」でしかなかった。要するに「国」をめぐる勇ましさの物語はバブル以降の低迷で自信を失った日本人にとって小腹を満たせる程度のものであり、殆どの人たちはそれを「リアリズム」としては受け取っていなかった。さらにその物語はすでに消費期限も切れており、それを貪っているのもネトウヨだけというだけのことです。だからこそ誰も自衛官募集に応じない。国の防衛についてうるさいネトウヨこそ真っ先に手をあげそうなものなのに、そんな自称保守な奴らさえ集まらない。奴らにとっても周辺国の危機なんて所詮、絵空事なんでしょう。こんな風に消費され尽くした「国防」と「国の誇り」「周辺国の危機に抗う勇ましさ」という物語は、どれだけ策を労してもリアリズムとして国民に伝わらなかった。つまり敗北しています。その敗北を補うためにみっともなく足掻き続け、ポピュリズムを求めて萌えイラストにすがりついている様のなんと惨めなことか。

 

 そういや昨日、自民党総裁選で安倍総理秋葉原の駅で演説をやっていましたっけ。

 

www.jiji.com

 

  憲法の改正は自分の在任中になんとしても達成したい願いなんだそうですけれど、このニュースは今までこの記事で述べてきた話を実証してくれたようで笑っちゃいました。そんな賞味期限切れの物語は安倍とその周囲のネトウヨだけで食ってろよ。

 自らの理想とする「国防をめぐる物語」を萌えの聖地に求める馬鹿総理に、国民もそろそろ愛想尽きるぞたぶん。

 

 

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ナショナリズム入門 (講談社現代新書) [ 植村和秀 ]
価格:907円(税込、送料無料) (2018/9/20時点)