サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

キモオタどもが社会から嫌われる理由を言い表した漫画について。

こんにちは。

 最近のオタクについて批判を続けているうちに、すっかりそのオタク共から嫌われたこのブログですけど、皆さんお元気でしょうか。

 

 

 

だからオタクは嫌われる

 

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 リンク先にある記事などで「お前らがアニメのエロに興じるのは勝手だが、カタギの人たちに迷惑かけるんじゃねぇ!このボケ!」と、何度も何度も述べているのですけれどブクマやコメントにはピントの外れた反論とさえもいえない、ひどく下品ないちゃもんみたいな怒鳴り声が多く寄せられるばかり。そんなこともあり僕も今回、考えました。そもそも国語力に著しく欠けた人たちに、言葉で語りかけてみたところでまったく通じないだろう。そんな人に想いを伝えたいのだったら分かりやすくイラストで、語りかけてみよう。きっとオタク共の大好きな女子高生の言葉だったら大脳を使わずともパブロフの犬みたく反応してくれるはずだ!

 ってことで、オタクの抱えている問題点っていうか「お前らが嫌われるのはそういうとこだぞ!」っていう部分をオタクが思わずよだれをたらしそうな女子高生のイラストから語りかけてみたく思います。

 

オタクが嫌われる理由①「臭い」

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 出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる

 僕も家族や実家から服装や身なりに気を使わないので、ここは僕も頭をボリボリ掻くところです。

 

オタクが嫌われる理由②「ウザい」

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 出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる

 うわー僕も反論できねぇ。あら、僕も涙目になってきた。

 

オタクが嫌われる理由③「会話のふしぶしにアニメのセリフを入れたがる」

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 出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる) 

 大田区議会議員のおぎのさーん!

 

オタクが嫌われる理由④「現実と虚構の区別が極めてあいまいである」

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出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる

  エロゲーの背景に使われて困っているパティスリーに迷惑かけたり、幸色のワンルームを現実社会の事件に当てはめて考えるのはやめろ。

 

オタクが嫌われる理由⑤「他人の価値観は認めない」

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出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる

 自分の気に入ったエロを「公共の場で見せるのはやめてもらいたい」というフェミニストはえらく威勢いいくせに、その件で激怒した千代田区にはだんまりというチキン野郎ども。

 

オタクが嫌われる理由⑥「外ではおとなしい」

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出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる

 ツイッターでは偉そうなこと吠えても、行政にはビビッてしっぽフリフリ。

 

オタクが嫌われる理由⑦「非常に自虐的である」

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出典:全日本妹選手権!!講談社_堂高しげる

 他人の迷惑を顧みず周囲に吠えまくりさらに周囲から嫌われていく。

 

 この女子高生たちはこんなふうにオタクが嫌われる理由を15ほど述べていますけど、「もうそのへんでやめてあげて!」といった感じになってきたので、その中から7個をチョイスしてみました。さて、いくつあてはまる項目があるか君もチェックだぞ!

 

 さてそろそろ本題。今回ブログで使わせてもらったマンガは講談社の「ヤングマガジンアッパーズ」という雑誌で2001~2004年に連載された「全日本妹選手権!!」という作品になります。どんな作品かをざっと説明すると、ある女子高に通うオタクな女の子たちの日常を多くの雑学やパロディを交えながら描いたものであり、そこそこ人気がありました。エピソードによっては上記の引用にあるようなオタクへのソフトな批判などもあったりして物議を醸したこともあったそうな。僕なんかは「うわー否定できないわー」と言いながらもそのピンポイントかつ、適切な指摘を笑っていましたけどね。

 

自分で自分を笑えないオタク

 でね。今回のブログから僕が考えたいのは実をいうと、オタク共の嫌われる理由じゃありません。少なくてもこの漫画が連載されていた20年前ごろはこういった「批判」を僕らオタクも共通の認識として持っているだけでなくて、それらを笑えるだけの余裕があったんですよ。この作者も実際にかなりのオタクながら、自分たちの嫌われる理由をネタにしている。それは根っこのところでは自虐ではなく「人からオタクとバカにされたっていいじゃん」「だけど僕らオタク側も最低限のモラルは持たなきゃダメだよね」という、オタクやオタク文化への「愛着」と「社会に生きるオタクとしてのモラル」をどこかで自覚している人がそれなりに多くいたということであり、だからこそこの作品も成立していたんだろうな。と思うのです。確か最近フェミニズムの人がおっさんと女子高生の恋愛漫画の連載を出版社に圧力をかけてやめさせようとしている!とか表現の自由戦士どこがうるさかったけど(実際には作品への批判はあったけれど、そういったことはなかったと出版社が明言)この「全日本妹選手権!!」がリニューアルで連載とかなったら寧ろオタク共が出版社に圧力とかかけるんじゃねーの?そんなことはないか。「表現の自由戦士」はどんな表現も守るとか偉そうにいっているから。

 

 この作品は現在のオタクこそ読むべきテキストであり、再評価されるべき。同時に、僕らオタクも自分たちに対する「批判精神」をもう一度取り戻すべきだと思う。

 

 


 

 

※萌え系エロのセオリーに従ったエロい描写もあるので気を付けて下さい!!

物語をマンガから排除した「ゆらぎ荘」を僕らは褒め称えるべき

こんにちは。

 本日のブログは久々に、毎週ごとにはてなブログで提示されるテーマに沿って書いてみましょうかね。ってことで今週のテーマは

 

今週のお題「好きな漫画」

 

 僕、週刊少年ジャンプで連載中の「ゆらぎ荘の幽奈さん」っていう作品がとても好きなんですよ。どんな物語かをざっくり語ると霊感が強く、その周りに集まる怪物じみたキャラをほぼ何の苦労もせず倒せるチートな能力を持った少年が居候する温泉旅館に、これまた幽霊やら妖怪やら普通の女子高生などが結集。そんで少年はモテまくり、露天風呂では裸の女の子とラッキーな遭遇。布団で寝ていれば寝相の悪い女の子の胸をもみまくってみたり、時には女の子から都合のいい夜這いをかけられたり、体育の道具片付けの時には困ったことにどしゃぶりの雨がいきなり降ってきため、雨宿りのために体育倉庫に行けばこれまた閉じ込められたりなどなど、なんか20年程前も週刊少年マガジンで似たような作品あったよなぁ…ハーレムと化した温泉宿が舞台で男がモテまくり!なラブコメ。そんな郷愁に浸れるこの作品が僕は大好き!

 

 そんなゆらぎ荘ですがこのほど、週刊少年ジャンプ誌上ですっごい表現に挑戦!

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 出典:ゆらぎ荘の幽奈さん集英社_ミウラタダヒロ

 

 最初に描かれているのは、タピオカをテーマにした物語の番外編。温泉に入っている主人公の描かれたカラー表紙の裏側に描かれています。この表紙を裏側から透かすと、驚くべきことに裏の漫画のタピオカが主人公の乳首となって見えるではありませんか。

 

 作者すげぇ!天才!これでもってもう、物語を描かなくても読者の性欲を満たせるのですから。

 

 いやー、便利ですよねぇ。僕らの子どものころにもありましたよ、漫画のエロ描写。世代的にいうと桂正和センセの「電影少女」とか、別紙になるけど「いけないルナ先生」とか、様々な女性キャラのヌードやセミヌードなどには僕もお世話になりました。そのエロ表現の程度については今、ここで話をするつもりはありません。今ここで語りたいのはエロ表現の是非は別にして、従来のエロには必ず「物語」「キャラクター」があったということです。

 

 戦いの最中に破れる服やギャグとして使われるエロ、そして或いは恋愛における本気の性行為などその場面は様々で、中には「それはエロを使いたいためのこじつけだろ」と思わせる演出もあったけど、少なくてもエロ描写と物語、キャラクターの心情や感情とは不可分なだったように思います(マイナー誌などで物語の解体を狙ったエロの表現は別)。

 

 だけどもう、物語なんて必要ないのです!今回のゆらぎ荘みたく、タピオカと自主規制をかけたセミヌードをかけ合わせればヌードに見える!というこのふざけたメソッドを、現実でもフィクションでも「感情」というものがめんどくさくて理解できないため、記号だけで手っ取り早く欲情したがりがちな、僕ら性欲の家畜は拍手喝采で称えます。

 

 この表紙は英語の授業中、英和辞書を片手に「エロ」につながる単語を調べてはニヤニヤと笑っていた中学時代の思い出のほか、ヌードをわざと袋とじにして見るためのお金と手間をかけさせることで読者に達成感を与える週刊誌を買うかどうかで逡巡するおっさんの心境を味わえる究極の表現。ぜひ皆さんもご覧ください。

 

 あ、別に物語もあるといえばあるんですけど、あの表現を見た後にそれを読んでも「何を今さら」みたいな感じでまったく頭に入りませんでした。

 

 前回のブログ記事でこの作品を批判したらやたら叩かれたので、僕も心から反省して徹底的に褒めてみました!

 

※物語も血肉の通ったキャラもいらないとなれば、それを作る作者も編集もいらない。さらにこの作者が描けなくなっても方法論はすでに確立しているので、似たイラストを描ける人材さえ確保できればいくらでも再生産できる。そういう意味で、作り手さえも記号化するというすっげーメソッドだ。

 

 


 

今週号の「ゆらぎ荘」に少年漫画の読者高齢化を感じた

こんにちは。

 先週は本業のネットワーク業務が立て込んでいたため、関西に土曜日から月曜日まで出張。そんでもって本日は通常業務。まぁ振替休日を今週まとめていただくので、別にいいんですけどね。疲れた身体と頭を引きずりながら新幹線に乗り、その道中で今週の週刊少年ジャンプ購入。あー今週、約束のネバーランド休載かー。Dr.STONEもだんだんむちゃくちゃになってきたなー、でもおもろいからいいやー。なんて考えながら電車を乗り継いで帰宅。その後、今週号のジャンプで連載中の「ゆらぎ荘の幽奈さん」という漫画のカラー表紙が賛否両論の話題とになっていることを知りました。温泉に浸かっている主人公のカラーの裏にはタピオカを題材にした番外の短編が掲載されており、それを光で透かすとそのタピオカが主人公の乳首になる!っていう演出になっていたそうです。

 

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出典:ゆらぎ荘の幽奈さん集英社_ミウラタダヒロ

  漫画の中のせまいコマに人物を詰め込みすぎな画風が苦手なのと、僕にとって物語が面白くないので普段ろくに読んでいない作品のため、どうでもいいっていえばどうでもいい話題です。ただ、今回の演出についてツイッター上では作者を天才!と持て囃したり、タブーに挑んでいる!とかいう評価の声が集まっているのを見て、そんな連中への軽蔑から発生した薄笑いが僕の口元に浮かんでいるだけです。

 

 だって、ふつうに考えてみ?いい年した大人がマンガのカラー表紙を光に透かせて、「うぉー!このカラー表紙は光に当てると、裏面のタピオカの絵が乳首に見えてくる!作者、天才だ!」とかみんなで騒いで拍手喝采。客観的に言って「お前ら、バカか?」と思わざるを得ません。その光景はまるで週刊大衆や週刊現代などのエロ袋とじをコンビニで立ち読みをしながら、なんとか覗こうと努力するしょぼいおっさんを思わせ、その頭の悪さと惨めさといったらありません。想像するだけで涙が出てきそうです。この文章を読んで怒るオタク共もいるだろうけど、自分がそのカラー表紙を光に当てている光景を身近な人たちに見られた場面を想像してみ?みっともないだろ?

 この作品の演出だけでなく、週刊少年マガジンなどでも普段よりエロ描写が強いエピソードは袋とじで公開!とか数年前からやっているけどはっきりいってそういうエロと自主規制のギリギリの悪ふざけっていうのはおっさんが購読対象の雑誌で培われてきた手法なんだよね。こういう手法が増えてきているっていうのはたぶん、少年漫画雑誌の購読層が高齢化傾向にあるっていうことなんだろうな。と思う。何度も言うけど作品を売るためにエロを安易に使うっていうのは物語の敗北なんだよ。っていっても、たぶん誰もそんなこと考えないんだろうな。

 

※程度については議論すべきだけど、僕は性描写そのものまで否定するつもりなどありません。ただ今回みたく物語の文脈と関係ない唐突なエロ描写は「お前ら、こういうエロ好きだろ?」という制作側の決めつけを感じるので不愉快には思う。心あるオタクはフェミをどうこういう前に、こういう制作サイドのナメた態度を批判するべき。読者やオタクを「二次元キャラ」に欲情する存在とステレオタイプな決めつけをもとに商品を売りつけているのは作者と出版社だからな。ってかそんな「やらせ」「馴れ合い」みたいな消費が最も不愉快。


 

女体だーい好き!こそオタクとこの社会の本音である!

こんにちは。

 毎度毎度の時候の挨拶みたいな書き出しにも飽きたので、今回は本題から。

今回のブログの本題はこのポスター。

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出典:日本赤十字社

 この辺について何度もブログで書いてきたので「どうぞお好きに」という想いもあり、基本的にスルーしようと思っていたんだけども、ある評論家の「性的表現の線引きってなに?この献血のポスターがだめならうる星やつらのラムやルパン三世峰不二子など他の巨乳キャラはどうなんだ?」みたいなツイートに対して多くの賛否があったのを見たのでため息をつきながら「何度も同じこと書いているんだけどなぁ。こういうのを『不毛』っていうんだろうなぁ」とキーボードをカチャカチャと打っております。

 

 

女体だーい好き!

 まず、明確にしておきたいのは僕はフェミニストではありません。あくまでオタクの立場からこういった女性の体形のポスターについてどう思うか?ということを書いています。そのためこのポスターや個別の表現についてはあまりどうこう言おうという気もありません。ただ、このポスターや今までこのブログでも取り上げてきたポスターなどを見ていて確実にいえることはひとつあります。

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 それはオタクが「女性の肉体が好き」であり、現実社会においても女性の水着やセミヌードのポスター、グラビアが乱立しまくっていることから『オタクっていうか世間の男は女性の肉体が大好きであり、昔も今も女性の肉体の写真やデフォルメした女性の記号を衆目集めやモノを売るために利用してきた』という身も蓋もない現実」です。こういうポスターを「表現の自由」というフレーズで擁護するオタク共や評論家さんたちにいいたいのは「皆さん、表現の自由がどうこううるさいけれどもこのポスターとかアニメの巨乳キャラたちを通じて表現したいものは何ですかい」という疑問です。で、たぶん僕のその問いについてまともに答えようという人はいないでしょう。これを突き詰めたら以下の本音を認めざるを得ないから。僕は優しいからそんなチキンな奴らに代わって言ってやる。

 

「俺たちオタクや男は女の肉体だーい好き!今までもこれからも女性の胸やお尻を使い世間で堂々と流通させたい!合法的に流通させて合法的に女性の肉体を眺めて楽しみたーい!」

 

僕もまた女性を搾取してきた

 だからそこに異を唱えてくる奴らは邪魔!なんでしょう。僕もオタクであり、男性である限り、その女性への肉体搾取に関わってきた者の一人であること。その搾取に疑問を持たず長年享受していたため、その価値観を変えるのに苦慮し続けていることは否定しません。そういう意味では、僕も女性の性的搾取について当事者であり責任はある。この宇崎ちゃんのポスターや雑誌のグラビアが目に触れるとついくぎ付けになったり、なりかけていたことに気づき「いけねぇいけねぇ」と呟きながら頭をボリボリ掻く。そんなところです。 

 

表現の自由大義に逃げる卑怯な社会

 だけど、それでもその女性の肉体消費に対して疑問や不快感を持つ人も少なからずいるという事実を否定して目を背けるのはやっぱりフェアじゃないだろ?と思うんですよ。せめて消費するなら、それなりにその現実に対して自覚的でありなさいよ。そのうえでこの先、女性の肉体について男や社会がどう向き合っていくべきかを考えていこう。女性という他者の不快感について「表現の自由」を大義名分に、その罪の意識から逃げまくるのはあまりに不誠実だよ。というのが僕の意見。今回の献血ポスターや女性の体形を強調した地域おこしのポスターも含めて問題は各表現における女性のデフォルメ表現の程度ではありません。寧ろそこに話題を持っていくのは「論のすり替え」であり逃げです。この問題の根幹にあるのは「衆目集めにデフォルメした女性の肉体を使いつづけているこの社会のあり方」「男性サイドの合法的に女性の肉体を眺めて楽しみたいという欲求そのもの」です。バカなオタクは「表現の自由」といったフレーズに踊らされ利用されて「俺らは女体大好き」「今後も衆目集めに女性を使ってやるぞ。お前ら文句言うなよ!」と、女性たちが聞いたらドン引きな本音を言いたくてもいえないやつらに煽られているだけ。結果さらにオタクは女性に嫌われる。という構図に気づいていません。バカだから気づけないんだろうけど女性に好かれたいんだったらいい加減気づけ。何度もいうけど、俺はオタクの味方だぞ。それなのになんで敵扱いされなきゃならんのだろうって思うだけであほらしいけども言ってやるのがオールドオタクの務めだと思うのでこうなったら、何度でも言ってやる。ありがたいだろう?

 


 

 

※俺が上述の献血ポスターの企画者だったら宇崎ちゃんのとなりに鼻血吹いているオタク共を描いて「その血を空想でなく、現実で役立てないっスか?」と書くな。たぶんその表現に怒るオタクもいるだろうけどその自虐を笑う余裕が嘗てのオタクたちにはあったんだよ。このブログで何を書いても文句言うなよ、オタク共。これもお前らの大好きな「表現の自由」ってやつだからな。

ブログのアクセス増やしたけりゃ、常に書けというのは本当だった

こんにちは。

 

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 昨日の記事でも触れましたけれど、このブログを始めて今年で5年目。更新こそ少ないものの地味に長く続いております。ただ今年になってその更新量もめっきり減って、ブログのアクセス数もそれに比例するかのごとく減少。平均500~600、多くて1000~3000ほどあったアクセス数も平均300前後となっているのが現状です。

 

 そうはいったってしょうがないじゃんかよ。仕事大変なんだから!仕事だけじゃなく脚本だって書きたいんだから!とか言って物語の脚本を書いたりなども並行して行っているため本職のIT稼業のほかブログ、持ち込み用の脚本作成。そんでもってやるべきことタスクには育児、家事だってある(質と量について、及第点とは言い難い)。お前の本当になりたいものって何だ?凄腕のITエンジニアか?それとも人気ブロガー?遅咲き脚本家?そんなふうに自ら問いかけては迷い続けております。ただ迷いながらも時間はもったいないので全部のジャンルに大小の差はあれど手だけは伸ばしている日々というのはお金のムダ遣いが発生しないという点において有益といっていいかもしれません。

 

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 さて本題。昨日、一昨日と思うところあってブログを連続で更新いたしました。別にブクマも多くついてないので書いたところであまり読まれないだろうと思っていたら、
アクセス数増えた。平均300のアクセス数がいきなりの500越え。それも昨日、一昨日の記事が読まれているというものではなく、googleアナリティクスを調べたらこのブログの全体でアクセスがだいたい10%ほど底上げされているっぽいのです。

 この辺について機会があったら検証してみたく思いますが、やっぱり手付かずで埃をかぶったブログよりも、何らかの形でブログ更新や記事のメンテを続けているブログをgoogleも評価するってことなのかな。

 

 手入れを続けていればブログはまた読まれる。だったら他の作業のプライオリティを下げてブログの比重を少し上げるか?と考えているブレまくりな僕でしたとさ。

 

 っていうことで、このブログをやめることなく長く続けていこうという想いが固まったので今後ともどうぞ御贔屓に。

 

 


 

 

 いつまでたっても人気ブログに進級できないから勉強でもしてみるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建前のヘタな人って実はすごくバカじゃないかと思う。

こんにちは。

 本日のブログのテーマは「ホリエモン」こと堀江貴文。先日環境相になりたて&新婚ホヤホヤな小泉進次郎が国連サミット前にステーキを食いたがり、実際に食べに行ったことについて多く集まった批判に対してホリエモンがこうコメント。

 

www.nikkansports.com

 

 以下、記事引用。

国連気候行動サミットに出席した小泉進次郎環境相が、米ニューヨークで高級ステーキ店を訪れたことに対し、批判が高まっている。家畜は温室効果ガスを排出し、中でも牛は排出量が多く、ブラジルのアマゾン川流域での火災問題も、牛の牧畜用地の開拓をしようとする、人間によって引き起こされていると言われている。堀江氏は、その件について聞かれると「こういうことを言うと、持論を展開とか書かれてしまいそうだけど…僕は牛肉が高いというものなんだということを浸透させることが、環境負荷を減らす意味では正しいと思う。安くて大量に生産するから環境負荷が上がるわけであって、丁寧に高い牛肉を少量生産しているだけなら環境負荷はなきに等しい状況になる」と語った。

その上で「小泉進次郎が高級ステーキを食べに行くのを批判するのは、全くの的外れだと僕は思う。それはズレている。ただ、たたきたいだけだろうと。みんな、1カ月に1回くらい、ステーキを食べに行けると思う。『いきなり!ステーキ』とか安い。僕だって食べに行く」と語った。

 

 僕、単純にこの記事を読んで「堀江も進次郎も、公私を使い分けられない人」だなという印象を持ちました。世間的には社会の反発を恐れずに本音を言える人とかいったイメージでもてはやされているけども。

 

 食用の牛肉を生産するためどれだけ環境コストがかかるか?っていうのは環境問題に関心を持っている人ならなんらかの形で得ている情報なのは皆さんもご存じのとおり。詳しくない人で興味があったらネットで「牛肉 生産 環境問題」とかで検索すれば、だいたいの情報が手に入ります。

 

 牛肉は確かにおいしい。僕も大好き!だけど、その消費は確実に将来的な地球環境を蝕むものとなる。まさにその辺は衣・食・住で「文化」という名の快楽を知った人間の業と長期的、地球的な視野で社会を考えるべきだ。という理性のせめぎあいであって、それゆえに単純な二元論で結論を出せません。そんなジレンマを抱えながらも世界は「牛肉の食用禁止!」「いやいや全廃なんてやりすぎだよ!せめてみんなで食用を制限する努力を!」などという議論へと向かっていくだろうと思うけど、その道のりは簡単ではないと誰もが思っているはずです。簡単ではないけど環境保全のため残されている時間を考えると議論は避けられないだろう。国連サミットってそういう場だと思うんですよ。その場で議論を交わすのが仕事の奴が「俺はステーキ食いたいから食うぜ!」とマスコミにコメントしたら周りの人はどう思うだろうか?っていう話だろ?僕が会議の議長だったら胸倉をつかんで「別にステーキ食うなとは言わねぇよ。俺だって、たまに食べる。お前がステーキを1~2人前食ったところで、直接環境にも影響ないだろう。だがそういう問題をみんなで考えようっていう時に、そんなことを言うな!お前やる気あんのか?お前の本音を周囲にまき散らすな!せめて公私の本音、建て前を使いわける大人になって来い!ガキ!」と怒鳴りつけるでしょう。

 

 これってサブカルにおけるエロ表現もおんなじよ。

 

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 昨日、上記のブログ記事を書いたら変な人のブログに引用されてかなりイラついているんだけど何度でもいわせてもらう。別にエロ表現大好きでもおおいに結構なのよ。ただ僕はオタクにこう言っているだけ。

 

簡単に「表現の自由」を語ってエロ絵を正当化したがっている人も多いけども、それを見たくないという人の「人権」を考えると、そんな簡単なものじゃありません。もちろん萌え系エロが好きで欲する人たちの人権もあり、それについても尊重されるべき。そのためにもう一度オタクや業界はサブカルにおけるエロ表現について考えろと僕はいっているのです。 表現の自由なんていう言葉で言い訳をせず、それを欲する自分とそれらを嫌う他者について考えろ。そのうえでエロの基準やその商品流通の在り方(それこそグリッドマン抱き枕から、キズナアイなどを含め全般の)ゾーニングやプライベート空間のみの所有など社会と折り合いをつけながらお互いの納得できる妥協点を探すべきだと、何度も訴えているのです。分からない奴らが多くて、イヤになるけど。

オタクの被害者意識に「エロ」の言い訳で使われる「表現の自由」 - サブカル 語る。

 

 皆さん、この文をエロ表現の規制や弾圧を求める声に読めます?僕はその辺がさっぱりわからなくて困惑をしているのでぜひ多くの意見を聞いてみたい。

 

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昔のブログ記事が現在も読まれて評価されていることについて

こんにちは。

 

 今年はともかく業務に追われており、ブログ更新も滞りがちな今日この頃です。このブログもスタートさせて早くも5年目。ほぼ毎日更新を続けて人気ブログに育て上げたブロガーさんはスゲーと思ったりもするんですけど、そもそもこのブログはリアルタイムで放映されているアニメやゲーム、マンガなど最新サブカル作品レビューではなく、僕の記憶にあるマイナー作品やアイテムなどの思い出、時代毎のサブカル作品などから僕なりに可視化した社会を語るのが目的。普通に考えたらそりゃ人気ブログとほど遠いマイナーなブログとなるのは当然かな。

 

 ただ、そんなマイナーブログでも意外に嘗て書いた記事が軽くバズったり、ツイッターなどで高く評価されたりするのは嬉しいもんです。

 

 

 上記のツイートで紹介いただいたこの記事は2015年10月に書いたものであり、やたら先日この記事へのアクセスが増えていたことと、この頃僕がどんなことを書いていたか思い出そうと思って読んでみました。

 

アニメとエロがこれほど強く結びついたのはいつ頃か?それはたぶん、10年程前のとあるムーブメントがひとつの契機になったのではないだろうかと僕は思います。今から10年ほど前、エロゲーにあるムーブメントがありました。それはエロゲーだけど、泣ける。 泣けて、抜けるがウリのいわゆる「泣きゲー」と言われたエロゲーというジャンルの台頭です。そのゲームの固有タイトルを書いたりすると、頭に蛆の沸いたうるさい人たちが湧いてくるのでこのブログで挙げませんけれどもその物語の大きな特徴としては、主人公とヒロインの女の子が男女のやる事だけはきっちりやるけれどアンハッピーエンドな結末が基本のコンセプト。そういった屈折したエロゲーがこの頃にはたくさんあり、困ったことにアニメ化などもされて民放で放送されているのを見て僕は正直、思いました。

 

「この国は狂ってる」

泣きゲーなんて所詮、エロゲーを買えなかった奴のいいわけ - サブカル 語る。

 

 最近フェミに媚びるための記事が増えたと言いがかりをつけてくる人もいるんだけどなんてこたぁねぇ。俺、4年前から全然ブレてねーわ。そんでもって、自分の洞察力が極めてまっとうだったっていうことを再認識できた。この国の社会とエロゲー的な価値観が繋がっている風潮ってヤバくねーかな?という危惧を綴ってから4年後。現在の日本のありさまはこんな具合です。

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 どこもかしこも薄着や半裸の女性が溢れまくり、それを日本の文化と勘違いして誇りそれを諫める声を「表現の自由の侵害」とかわめきまくるくせして「あいちトリエンナーレ」を巡る騒動には何も声を発さないバカなオタク共が大手をふって歩きまわる国になっちゃいました。これを正常と受け取るか異常と考えるかは皆さんにお任せ。

 

www.huffingtonpost.jp

 

 何度でも言わせてもらう。この国は本当に狂っている。