サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

僕の兄貴分が出版した本がおもしろかった件について

こんにちは。

 お久しぶりです。実にお久しぶりです。振り返ってみりゃ、前回ブログを書いたのが9/1。現在まだ10月とはいえど数日後にはもう11月。ほぼ2ヶ月ぶりのごぶさたです。

 

 いやー、この2ヶ月、ほんとに密度の濃い業務で追われまくっておりました。現在の業務には今までにないほどのやりがいを感じているのでそれにどっぷり漬かるっていうのはある意味社会人として幸せともいえるのですが、それによって本来やりたい脚本やブログの執筆が遅々として進んでいない。っていうのもまたそれはそれで困りもの。その間にも政治や経済、そして本来のテーマであるサブカル関連でネタになりそうな話題がこれでもかといわんばかりに並んではおりますが、それらについては来月以降でじっくりと語らせていただきましょう。ほんとに久々なので本日はリハビリ的な意味も兼ねて軽めの話題で凝り固まったブログの筋肉でもほぐさせていただきましょうかね。

 

 そんな長い前文はこの辺にして本題。先月の話になりますが、僕の兄貴分ともいえる芸人さんが本を出版しました。その芸人さんとはどんな人かっていうと、こんな人。

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 これは南太平洋に属する小国「サモア共和国」の新聞で掲載された一面記事になります。記事の見出しは「A samoan superhero or what ?(サモアのヒーロー?コイツは何者?)」

中略 
 この全身タイツ男は別にスーパーヒーローでもなんでもありません。日本のお笑い芸人です。中学生のころに僕は「WAHAHA本舗」演出の喰始さんから直接ギャグの基本を教わっていたことがあるんですけど、その頃から僕が兄貴分として慕っている人の所属するグループ「3ガガヘッズ」

海外の新聞の一面記事で報道された僕の知人について - サブカル 語る。

 

 このお世話になった頃から「兄貴」として慕っている人が活動しているグループの「3ガガヘッズ」がこのほど、世界各地を回り芸を披露する「地球規模のドサ周り」の記録を本にまとめたのでした。

 これが実に面白い。この3ガガヘッズは10年ほど前に「逆輸入芸人」を目指して欧米諸国で活動スタート。英国にて行われる「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」(世界3大コメディーフェスティバルのひとつといわれている)で入賞したほか、フランスのアヴィニョン演劇祭(たぶんOFF」)でチケットもほぼ完売!この勢いにのって一気にメジャー!と意気込む中で演出兼社長の喰始さんは「君らの目指すのはメジャーな国ではない!ふつうのパフォーマーが行かないところでどれだけの人を笑わせられるかだ!そしてそんなことをする奴らはいないからこそ、そこで成功できたら日本でチャンスも来る!!」というムチャぶりに近い提案で東南アジアの工場空地や路上、学校の校庭、アフリカのスラムなどに出かけてパフォーマンスを披露するライブや各国を歩き回り、同時にその国ならではの文化に触れた時の驚きな体験などを帰国後のライブで僕らに語ってくれます。そこで語られるエピソードはフレッシュな驚きや異文化ならではの笑いにあふれた冒険譚であるだけでなく、僕らの生きて暮らしている「世界」を、別の角度から見せてくれたりもするのです。

 

 例えばケニアのスラム地区でライブを行った時のエピソード。この地区には40万人が暮らしており、その荒み具合は生半可なものではありません。「お金持ちの日本人」であるため強盗などの犯罪被害にあう可能性を考えライブは地元の警護団も同行するという環境で行われました。そこで僕の兄貴分はスラムに流れている川で洗濯する女性と、その間近で立小便をする男性、汚いゴミを捨てててる姉妹を見て「こういう行為は注意しないんですか?」と現地でボランティア活動を続ける日本のスタッフに質問します。もらった回答は「ほかにごみを捨てられる場所がない。だから注意したとしてもただ、そこでもめ事になるだけなのだ」というなんとも素っ気ないものでした。その答えになかなか納得できない兄貴分はさらに言葉を続けようとするのですが『自分よりもスタッフの皆さんの方が、この現状に納得できていない。ただ、根気よくこのスラムの状態を改善するため努力を続けるほかないんだ』ということに気づいて何も言えなくなったそうです。

 

 そんなエピソードを聞いて何を考えるべきか?思うべきか?っていうのは各々の想像力の問題なのでここでそれについて書くのも野暮というものでしょう。とにかくこれは紛れもなく、僕らの生きている現実の一部なのだということは呟いておきます。

 

 さてそんな3ガガヘッズですが興味を持った人はぜひこの本を読んでみて貰いたい。以下のリンク先で購入いただけたらアフィリエイトで僕も儲かるので嬉しい!

 

3ガガヘッズの公式ホームページ

スケジュール、 | 3ガガヘッズ 公式 3gagaheads Official | 日本

 

以下ライブ、出演情報

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10/31(土)

星ふる里の秋祭(長野県下伊那郡売木村

スタート12時~・15時~(各回20分~30分程度)

 

11/1() 

焼肉まるきん 岩村

〒509-7403 岐阜県恵那市岩村町2367-2

TEL:0573-43-0217/FAX:0573-43-0217

 

11/4(水)

テレビ埼玉「マチコミ」16:30頃~

 

 


 

 

 

 

安倍政権という「長い夏休み」を経たこの国

こんにちは。

 

 本日は9/1。従来なら都内在住の多くの小・中学生にとっては7月下旬からの夏休みが終わって二学期が始まる日です。といっても、今年は4月のコロナウイルスの流行に伴う自宅待機のため、各学校の夏休み期間もまちまちだったそうな。この日になると思い出すのは宿題を全くやらずにいたため前日の8/31まで泣きベソをかいていた自分。大人になった今でも、そんなトホホ・・・な体験から僕にとっての夏とは7/21~8/31の間を意味しています。

 

 さて本題。この間の8/28(金)に安倍晋三首相が記者会見で辞任を発表しました。この政権については有識者のお偉いさんが総括を行ってくれるでしょうが、僕ら多くの一般人にとって「安倍政権」って何だったのか?を考えてみると案外、適切な言葉が出てきません。自称保守やネトウヨにとっては「憲法改正」や「美しい日本」を唱える愛国者の代表であり、政権運営に異議を唱えるためデモにまで出かけた僕ら反安倍(笑)にとっては「モリ」「カケ」「サクラ」などの件で政治を私物化した権力者。ただあまり政治に関心のない人たちにとっては「アベノミクスで景気を良くした人(実際はそうではないけど)」或いは「国の危機にマスクを2枚だけしか配らないアベノマスクのケチ」。こんなところではないでしょうか?一人の人物を巡ってこんなにもイメージが異なる。それはたぶんだけど安倍首相とその周囲があまりにも多くの言葉やビジュアルを駆使し続けてきた結果なのだと思います。

 

 以前のブログ記事で、僕はリオデジャネイロオリンピックでのマリオのコスプレから安倍政権の本質を「サブカル」だと語りました。引用だけど長くてごめんね(笑)

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あくまでこれは私見ですが、戦後の日本に上記のようなメインカルチャーというものは存在していない。もっとキツいことをいわせてもらうと本来日本にあったメインカルチャーは、以前から消滅していたんじゃないかと考えています。僕のこの意見に「そんなことない!」といって日本の伝統とされているステレオタイプな文化や芸能を列挙する人もいることでしょう。「歌舞伎」「落語」「柔道」「相撲」「日本食」「剣道」「過去の日本を美化する日本史」など、他にもあるけどキリがないのでこの辺で。上述したこれらは日本人の生活や習慣とかつては密接でした。だけど今はどうでしょう? 

中略

 これらはみんな昔の日本人の生活と密接につながりを持ち、当たり前のものとして存在していましたが、現代の僕たちは見事にこれらとの接点を失っています。地域や学校などの催しでこの接点を復活させようという動きもあるけど、そういった働きかけがなかったら、たぶんこれらは跡形も残らないでしょう。この「日本人の生活習慣と密接に繋がっている文化」という点については「機動戦士ガンダム」でおなじみの富野由悠季監督が対談本「戦争と平和」で興味深い発言をしています。

 

"富野:たとえば今、時代劇を撮ろうとすると、まず役者の歩き方から直さなければなりません。現代人はもはや、体の中心軸を失った運動性しか持ち合わせていないのです。これは生やさしい問題ではありません。「腹が据わっている」という日本語がありましたがこれは単なるレトリックではなくて、日本人はそういうリアリティの中で暮らしていたはずなんです。しかしもはや、エキストラを訓練しても、本当に使えるような姿勢になるかどうか分かりません。" 出典:戦争と平和 富野由悠季徳間書店

サブカルチャーとは、サブカルとは何かをバカにもわかりやすく語る - サブカル 語る。

 

 

 映像を所狭しと走り回るアニメキャラ。国際舞台でお披露目された首相のコスプレ。 これらは「日本を国際的にPRできるものってこんなサブカル以外にないんだ。僕らの思考や生活の根幹にあるのは長いこの国の歴史や風習などに育まれた『文化』ではなく、瞬間的で継続性のない情報や記号などを寄せ集めて生み出した『サブカル』以外にこの国を表現できるものがない。緑と水に囲まれた豊か自然を持ちながら、そこに根ざした風習や文化から培われた思考。そういった生活を支える『根っこ』みたいなものを僕らは持ってないんだ」と、この国のリーダーが自ら露呈させたということに他なりません。根無し草な僕たちはこの配管工のおっさんゲームキャラにコスプレをした首相にただ、賞賛と拍手。演じる役者も観客も全部ニセモノで固めた予定調和、やらせみたいで苛立ちます。 安倍首相のコスプレは「マリオは世界的に人気あるから盛り上がっていい」とかそういう話ではありません。メディアなどが「日本スゴイ!」「日本の伝統的な文化って世界に自慢できるものだぞ!」と偉そうにほざいているくせしてその実態はTVゲームのキャラクターを通じて日本が伝統を喪失した国であるかを世界に向けて発信している。そういった行為のバカバカしさに多くの「オタク」たちが気づいていないという現状に、僕は頭を抱えたくなるのです。そういう意味でも自称「オタク」たちの知的レベルの低下も本当に笑えない。

サブカルチャーとは、サブカルとは何かをバカにもわかりやすく語る - サブカル 語る。

  日本にはもはや文化というのは「歴史」「伝統」という固定されたイメージ(観念)でしか残っておらず、サブカルが物事の中心になっているということのみっともなさを世界に露呈したこのおっさんをどうして「保守」が持て囃すかわからない僕はただイラつくだけでした。たぶん安倍首相も「美しい日本」とかもっともらしいことをいいながらもそれがなんなのかを分かっていない。だからこういう以下みたいなシンボリックな「日本」を頼ってみたり、お題目の「憲法改正」を唱え続けざるを得なかった。それを間抜けにも「自称保守」の人たちは何も考えず真に受けていただけだったのだろうと思います。

 

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 だけどこのように「与えられたイメージを真に受けていた」間抜けは自称保守やネトウヨだけでなく僕らもまた同じです。この国で低迷を続けていた景気を回復させたい!みんながそう願っていた時に「アベノミクス」「地球儀俯瞰外交」などという目新しげで頑張っているようなわかりやすいフレーズに、僕らはそれが何なのかも分からずただ飛びついた。そんでもって「国の景気は回復している」「国益のため他国との理解も進んでいる」というお偉いさんの喧伝をうさん臭く思いながら信じて、実際はどうなのかという認識から目を遠ざけた。

 

 そんなこんなで政権が続いてきたある日。「コロナウイルス」というリアルで深刻なピンチが到来。景気や国防みたいな曖昧な危機でなく、全国民の健康と身体に関わる現実的な危機を前にただ右往左往でロクな対策もできない安倍政権の醜態を見続けた結果、やっとこの政権ってどうなの?と多くの人が疑問や不満を口にし始めた。というところでしょうか。

 

 この国には安倍首相就任の前から是非は別ともかくとして、「憲法」「国防」などの国の形づくりに関わる問題や「景気」などの喫緊ともいえる課題は山積していました。それらを課題として取り上げて、その課題解決がうまくいっているようなイメージを振りまくことでこの安倍政権は長く続き、僕らも概ねそのイメージどおりだと思っていた。だけど蓋をあけてみりゃ何も変わっておらず、逆に多くの問題は積もりに積もりまくっている。それはまるで夏休みにできもしない無茶な計画を立てて全てうまくいく!と思い込みながらも結果的に手付かず。ただボロボロのスケジュール表を前にムダ使いしていただけの時間を思い呆然とする幼き夏の日です。

 

 自称保守にとっても、ノンポリな僕らにとっても夏休みはとっくに過ぎたのです。僕らは手付かずの宿題の山を見てどうするべきなのか??っていうところで今日も頑張ろう!

 

 

 

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 ※永遠の夏休み?あるかボケ!だけどブログを書いていて「安倍政権」ってやはりサブカルだったんだとつくづく思った。つくられた大量の空虚な情報の後に残ったものは未だ手付かずな大量の宿題だけ。という有り様にただ呆然だわな。

 

アクタージュを打ち切ってトカゲの尻尾扱いにしたジャンプに怒るべき

こんにちは。

 

 先日のブログから2週間。この話題については「誤読」というか、おそらくろくに読んでない人たちからのブコメなど来るだろうなと思っていたら案の定でした。

 

 

 

 

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arrow1953.hatenablog.com

 

アクタージュの連載打ち切りに伴う構造

 そういう輩はめんどくせーのでこの話題はもう手にするべきではないんだろうけれども中には文意を正確に把握いただいたうえで、このアクタージュという作品を巡る事件の構造的問題を俎上にのせて下さった人も少なからずいらしたので「わかる人にはわかる」んだな。ということを再認識させていただきました。

 

 だったらこちらもその意図をできるだけ多くの人に理解いただこうってもんです。

 

 っていうことで本日のブログは前回の続編。まず前回のブログを正確に理解できない人たちのために、あの記事で述べた論点について箇条書きでまとめさせてもらいます。

 

①アクタージュ原作者の痴漢行為については許されないものであり連載打切は妥当。

  

週刊少年ジャンプで人気連載されていた「女優」を主人公にした異色作「アクタージュ」が原作者のわいせつ行為によって打ち切り。僕自身この作品を高評価していたので正直「もったいない」という想いと、原作者の非常識さそのものへの呆れなどがないまぜな心境です。

アクタージュの打ち切りの背景はアニメ・漫画業界全体が猛省するべきである - サブカル 語る。

  

②それとは別に痴漢行為の背景にあると思われる「女性の身体は軽々しく扱っていい」「女性の身体への接触は日常的小さなトラブル」的なものとして社会全体が勘違いしているということは考えられないか?

 

③その勘違いに女性の身体への接触を「ラッキースケベ」なものとして扱ってきた漫画アニメ、ラノベ等のメディアは直接的、間接的に関わっていないかを問うべきではないのだろうか。

 

 ただこの原作者の働いた「何らかの行動のどさくさに紛れての、女性の接触」という構図、いわゆる「ラッキースケベ的行為」を思わせる光景は少年ジャンプだけでなくアニメ・マンガ、ラノベ業界などがここ最近ずっと「ウリ」にしていたものではなかったか?という指摘だけはさせていただく。今回の痴漢行為は明確な原作者の意図があるため「ラッキースケベ」ではありません。だけど、前述したとおり主人公が転んだ時や敵キャラとのバトル時などでヒロインともみくちゃになり、その際ヒロインキャラの胸やお尻に触ったり目の前にそれらが突き出されたりする「触れた男性も触れられた女性も単なる日常の小さなアクシデント」というラッキースケベ的な演出の多用が女性の身体を軽々しく扱っていいもの、或いは行為そのものが「日常の小さなトラブル」的なものとして処理されるものという勘違いをこの社会にさせているのではないだろうか?

アクタージュの打ち切りの背景はアニメ・漫画業界全体が猛省するべきである - サブカル 語る。

 

 まぁ大まかにこの3つにまとめられるかなと思います。前回のブログについて感想を述べた人たちはこの②と③をどうしても理解できません。やれ「アクタージュはラッキースケベ表現のある作品じゃない」とか「この作品を読んでもいないくせに」とか自らの読解力のなさを高々語らなくてもいいんじゃないかな?と思います(とくに作品を読んでない!って、このブログのどこを読んでいるのよ?「作品を高評価していた」って書いているのに)。ちなみにアクタージュについては以下で述べています。

 

arrow1953.hatenablog.com

 

 長くなりましたけども、前回のおさらいを踏まえていただいたうえで話を続けます。

 

作画の担当者が語る物語の責任

 今週号のジャンプではアクタージュの連載終了についてジャンプの編集部が「痴漢事件を起こした原作者の作品を連載し続けることはできないので責任取ってやーめた!(大意)」というコメントを掲載しましたけれど、作品を管理する立場の編集部が語るべきは原作者の痴漢事件についてだけではなく「作品というものは大なり小なり人の心に影響を与える可能性を持っているものであること。そのうえで『ジャンプ編集部は性的な加害を許さない』」というメッセージだったのではないかと考えます。むしろそのメッセージは作画担当の宇佐崎しろさんのほうが「作品を続けることは原作者の痴漢行為によって傷ついた被害者の心境をさらに傷つける可能性がある(大意)」と、被害者側の観点から「物語が人の心に与える影響」について、明確に述べています。

 

 

ツイッターより

 

 だからこそジャンプ編集部は自分たちの作品群を振り返って「アクタージュに具体的な性表現はなかったものの、原作者の行為は許されるものでないこと」を語るのと同時に「現在までサービス的、ギャグ的に扱い続けてきた女性の身体への接触行為は社会的に適切だったか」を考えるべきでした。

 

 え?「そんなことを言ったら物語で犯罪を扱えない?」。

だけど物語で取り上げられる犯罪や犯罪者は大抵ラストで主人公に倒されたり、警察に引き渡されたりなど明確に断罪されていませんか?少なくても犯罪者はラッキースケベ的なトラブルを起こしたキャラみたく女性の非難から逃げ回ったり強気な女性に殴られるなどのギャグ的な「なぁなぁな形」で締めくくられていないと思いますよ。

 

 え?「あくまでも物語の中のギャグなんだから、そこまでうるさくいうなよ!」

いくらギャグだろうと「許されない表現」って現実にたくさんありますよ。お笑いで民族的なヘイトやセクハラ的な話題を題材にしたら社会はそれを許さないでしょうし皆さんお勤めの会社だってギャグで「セクハラ的発言や表現」を口にしたらどうなります?現実世界ではヘイトやセクハラは許されません。だからこそテレビなどでは、現実に許されない行為を不適切な表現で扱った場合に叩かれるのです。マンガやアニメだってヘイトやセクハラを扱ったら当然叩かれます。そのうえで性表現を考えてみたらいいと思います。

 

 マンガやアニメの世界観を基準に現実を考えるのではなく、現実を基準にして現在のマンガやアニメの世界観の在り方(具体的に言うと女性の身体の扱い)などについて、僕も皆さんもこのへんで真剣に考えてみません?

 

※ただジャンプは上述した責任についてなにも述べないでしょう。下記みたいな表現を今後掲載できなくなるので。

 

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灼熱のニライカナイより

 

アクタージュを打ち切っても懲りないジャンプ

今回の痴漢事件で作品の連載をやめてもこういう描写の作品を掲載する。これ普通の人の感性で考えたら「何の反省もないな」と思われて当たり前だよ。「表現と社会のあり方」について何の考えも述べず、ただ痴漢で騒がれた作者の作品の連載を打ち切り。だからこそ僕は「アクタージュは単にトカゲの尻尾扱いされただけ」という印象を強く持っているのです。ファンだったらアクタージュ連載の打ち切りを嘆くより「トカゲの尻尾扱いしたジャンプ編集部に怒れよ」と思う。まぁそうはいってもこのブログにコメントを寄せてくる多くのアホにはここまでの話は通じないだろう。

 


 

 

 

 

アクタージュの打ち切りの背景はアニメ・漫画業界全体が猛省するべきである

こんにちは。

 

 長かった梅雨も明けてから連日、猛暑日が続いておりますが、皆さんお元気ですか。とかいう時候の挨拶はこの辺で、本日のブログはアクタージュの原作者、痴漢による逮捕に伴う「アクタージュの連載打ち切り」について。

 

 

 

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以下、引用

 

アクタージュ大好きだったのに、打ち切り

 

路上で女子中学生にわいせつな行為をしたとして、強制わいせつの疑いで、人気漫画「アクタージュ act-age」の原作者、松木達哉容疑者が8月8日、警視庁に逮捕された。

 報道によると、松木容疑者は6月18日、東京都中野区内の路上を歩いていた女子中学生に背後から自転車で近づき、追い抜く際に胸を触った容疑が持たれている。区内では、ほかにも同様の事件が発生していたという。

 引用先:弁護士ドットコム(2020/8/11)

 

 

 週刊少年ジャンプで人気連載されていた「女優」を主人公にした異色作「アクタージュ」が原作者のわいせつ行為によって打ち切り。僕自身この作品を高評価していたので正直「もったいない」という想いと、原作者の非常識さへの呆れなどがないまぜな心境です。

 

 記事によると、このマンガの原作者は自転車にのって追い抜き際に未成年女子の胸を触るという痴漢行為を行い、集英社もその社会的な責任を払うためアクタージュの連載を打ち切ったとのこと。だけど、僕にいわせりゃ「コレって、いずれ起きて当たり前の事件だったんじゃないのか」という想いがあります。

 

多くの物語で流され続けている、安易な女性の身体接触

 ここでは連載打ち切りや痴漢についての是非、表現規制の云々などについては述べません。ただこの原作者の働いた「何らかの行動のどさくさに紛れての、女性の接触」という構図、いわゆる「ラッキースケベ的」な、安易な女性への接触を思わせる光景は少年ジャンプだけでなくアニメ・マンガ、ラノベ業界などがここ最近ずっと「ウリ」にしていたものではなかったか?という指摘だけはさせていただく。今回の痴漢行為は明確な原作者の意図があるため「ラッキースケベ」ではありません。だけど、前述したとおり主人公が転んだ時や敵キャラとのバトル時などでヒロインともみくちゃになり、その際ヒロインキャラの胸やお尻に触ったり目の前にそれらが突き出されたりする「触れた男性も触れられた女性も単なる日常の小さなアクシデント」というラッキースケベ的な演出の多用が女性の身体を軽々しく扱っていいもの、或いは行為そのものが「日常の小さなトラブル」的なものとして処理されるものという勘違いをこの社会にさせているのではないだろうか?おそらくこの原作者も女子の胸に触るという行為を「痴漢」だという自覚と、先ほど述べた勘違いをごちゃまぜにしたような心境にいたんではないかと僕は思っています。

 

フィクションと現実を区別できない作り手、受け手

 そんなこというとまたどこかのアホどもが「表現の自由云々」「フィクションは別だ!」とかうるさく吠えてくるでしょう。どうぞ、お好きに吠えて下さい。ただそんな戯言もこのアクタージュの原作者がフィクションを越えて痴漢という犯罪に走った現在においてどれだけ説得力があるやら。本来そういった価値観に最も理性的であるべき作り手が勘違いしているのに、受け手が理性的だとどうして言いきれるのか?さぁ反論をプリーズ!ぜひとも大声でブヒブヒ叫び、世間のみなさんを納得させていただきたい。

 

 そして心あるアニメと漫画愛好家の皆さんはここらであらためてもう一度、多用されている「ラッキースケベ」な演出などについて深く考えてもらいたい。

 

 本日はこれにて。

 

 


 

 

集英社や少年ジャンプの編集部は今回のアクタージュ事件については連載打ち切りで「責任を取った」とするんだろうけど、こういった痴漢行為の背景そのものとラッキースケベ演出多用について問われたらどんな回答になるんだろうね?いやいやマジで。だから業界やそれらの愛好家は本気でこの件について考えるべきなんだと僕は思う。そこを考えないで連載を打ち切っても単なるトカゲの尻尾切りだよそんなの。

 

 

arrow1953.hatenablog.com

 

 そりゃ昔も「ルナ先生」とかあったよ。だけどそれはあくまでも少数派だった。今はどこを見渡してもマンガ・アニメなどのセミヌードで溢れている。そんなのって、どう考えたって異常だよと思う。

 

追記:このブログの記事を言及いただいた方の意見

 

 

ブログ記事全般に煽り表現が多用されているので、引用部分も可燃性をおび、また、ブコメを眺めていると誤読も発生しているように思えます。煽りの目的は、正常な精神で読ませないことなので、正しく作用しているようにも思えますが、もったいなくも思えます。 さて、引用部分に触れてみると…。

①痴漢はラッキースケベではない。

②しかし、漫画やアニメ、ライトノベルなどで多用されるそれらが、女性の身体を軽々しく扱っていいものという勘違いをこの社会にさせているのではないだろうか?(引用一部改変)

 

 こんな感じでしょうか。これらの主張を全て肯定することは、私にはできませんが、同時に全否定もできません。原作者は、私よりもだいぶ年下で、ラッキースケベなどのマンガ表現が世の中に与えている影響があるのだとしたら、その影響の受け取り方が違う可能性はあるわけで、私が理解できない部分に関与している可能性はあるわけです。 漫画表現が、社会や個人に悪影響があるとして、それらを封じていこうということは、私は、賛成はできませんが、悪影響があるかもしれないと考えておくことは、必要なのかもしれません。

【アニメ・漫画業界全体が猛省すべき点】は痴漢を助長しているのか? - 大学院卒ニート、しやわせになりたい。

 

 こんな風にかなり正確に意図を読み取ってくれている人もいるのよ。それなのに9割のブコメの読解力の低さったらもう・・・。こういうのを「度し難い」っていうんだろうな。国語を勉強してから書きこんでこい!!

戦隊ヒロインにヌードや水着を期待する大きなお友達について

こんにちは。

 

 今月からもう少しブログをまじめに書こうということで少しずつ本数を増やそうかと思っている今日、この頃。そうはいってもまだ今月はまだ3本目。せめて週に3本程度は書きたいところだけども、目標の達成には時間もまだかかりそうだなぁ。ってところで本日のブログでは「戦隊などの特撮ヒロイン」について思うことを書こうかなと思います。そのきっかけとなったのはツイッターで話題になったこのハッシュタグ

 

戦隊ヒロインに求められるセミヌードや水着

 

#スーパー戦隊を子供に返せ

#戦隊はみんなのもの

 

このハッシュタグは先々週の週刊プレイボーイで現在放映中の特撮戦隊ヒーロー「魔進戦隊キラメイジャー」でキラメイグリーン、キラメイピンク役の女優がグラビアで水着などを披露したことによって広まりました。

 

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 このハッシュタグについて僕は「子どもが見る番組のヒロインなんだから性的な露出についてもっと大人も考慮しろよ」っていうおおざっぱな解釈をしているんだけども、僕の中では正直いってちょっとピントがずれているなぁっていう印象です。僕だったらこんなハッシュタグを作りますね。

#戦隊はみんなのもの

→戦隊ヒロインを粗末に扱うな。

或いは最大限の皮肉で

戦隊ヒロインに求めるのはセミヌードや水着である。かな。

 

 昨今、戦隊モノや仮面ライダーなどのヒーロー番組は若手俳優さんたちの登竜門的な位置を確立したようなところがあり、それらに出演した後、現在も多方面で活躍をする俳優さんも数多くみられております。物語の中で少々拙いながらも「変身!」と叫んでいたヒーローが民放のドル箱ドラマやNHKの大河でメイン、重要な役柄を与えられて、それらを演じているのを見る。のというのもまた特撮ファンにとって楽しみなものでもありますけれど、ここで皆さん振り返ってみて下さい。特撮出身でその後も話題になる俳優さんって、圧倒的に男性ばかりじゃありませんか?

 

 ざっと調べてみたところ女優さんでも特撮番組出演後、芸能界で活動を続けている人もいるのも事実ですけれど、その注目度は男性ヒーローと比べて段違いに少ない。以下のサイトに1970代から直近の特撮出演ヒロインの現状などが詳しくまとめられているのでお暇だったらどうぞ。

 

戦隊ヒロインを「エロ」で消費する社会

 

戦隊ヒロイン歴代まとめ一覧!強くて美人で可愛いヒロインたちの現在は? | トレタメ : "共感"するエンタメ情報サイト

 

 様々な事情もおありなんだろうけど、ヒーローと比べて明らかに少ないよね。活躍の場所。ヒーローを演じた俳優がイケメン俳優として注目を浴びるその一方でヒロインが大々的に取り上げられるのはプレイボーイのような水着の姿のグラビア。

 

 この特撮ヒーローと特撮ヒロインの扱いの落差を強く感じたのはルパンレンジャーVSパトレンジャーでパトレン3号を演じていた奥山かずささんのオンエア終了前後とほぼ同時だった水着グラビアの特集でした。

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 ひそかにパトレン3号好きだった僕はその表紙に目が釘付けになったと同時になんとなくだけどイヤな気持ちになったんですよ。女優さんも納得してのお仕事だろうけれど「次に求められたのは肌の露出なのか」と。ルパパトでは堅物ながらも乙女チックなぬいぐるみ好きというキャラをうまく演じており、いい女優さんになってもらいたいなと思っていただけに、次の仕事は別のドラマでなく水着グラビア。なんか自分自身もこの女優さんの若さや見た目みたいなものをただ消費していただけだったのかなぁ。水着の表紙に食らいついたってことは俺もこの人の露出を消費しちゃったんだろうなぁ。と、思いながら複雑な気持ちでコンビニを出たのを今でも覚えています。

 

 奥山さんは今でもドラマ出演などを続けているので今後の活躍を願うのと同時に僕は、戦隊ヒロインを粗末に扱うな!とも思っています。

 

特撮ヒーロー番組出演→グラビア→その後パッとせず引退。

 

こういう女優さん、多いと思うよ。それってやっぱりエンターテインメント界におけるおおきな損失なんですよやっぱり。

 

 


 

 

※アホなオタクがブヒブヒ文句つける前に言っておく。俺は別に水着グラビアの仕事を否定しているんではない。ただ、特撮出演前後で大々的にクローズアップされるのは、別のドラマ、映画でなく水着グラビアなどが圧倒的に多いのはどうしてだ?とだけ強くいっておく。ちなみに仮面ライダー555における怪人(オルフェノク)役だった加藤美佳が水着になったときもショックだったんだよなぁ。

 

都知事選になるといつも決まって思い出すヒーロー「シャンゼリオン」

こんにちは。

 

 本日7/5は東京都知事選挙。みなさんもう行きました。なに?そこのお前行ってないだと!!さっさと行ってこい!・・・都民でないからムリ?あぁそういう人だったら、そりゃあしゃあないわな。そんな出来そこないの小噺みたいな前ふりはこの辺にして、本題。

 

 以前もブログで取り上げたけど、東京都知事選になると僕は必ずこのヒーローを思い出すんですよ。

 

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超光戦士シャンゼリオン - Wikipedia

 

 

超光戦士シャンゼリオンのマニアックさを語る

超光戦士シャンゼリオン。設定、キャラクター、ストーリー。そのどれもがB級臭の漂う超マニアックな特撮。提供が同じくマニアックなファンの多いゲーム会社「セガ」だったことも推して知るべきというところです。

 

 このシャンゼリオンが作中の宿敵と雌雄を決する戦いを繰り広げたのがなんと「東京都知事選挙」。いやいや冗談じゃありません。マジで。

 

そのヒーローが物語のクライマックスで宿命の敵と戦った舞台こそ、なんと「東京都知事選」。敵の組織ダークザイドの幹部である暗黒騎士ガウザーはシャンゼリオンとの戦いを繰り広げる傍ら、黒岩 省吾(くろいわ しょうご)なる人物を名乗り、「黒岩相談所」所長として人間社会に馴染めない仲間を励ましたり、仕事を仲介したりしていた。そして「人間を、人間世界のルールに則って征服する」という真面目なポリシーを持っていた黒岩は人間社会での仕事で得たお金を政治資金にして都知事選に立候補。涼村と激しい選挙戦を戦って、見事、当選をはたすのです。

「超光戦士シャンゼリオン」という特撮作品について - サブカル 語る。

 

突っ走った独創性あふれるシャンゼリオン

 しかもその戦いでヒーローであるシャンゼリオンが敗北するという。このぶっとんだ物語はあまりにも時代を先取りしすぎたために一般受けしたとは言い難いのですけど、カルト的な人気を集め、再評価されたりもしています。玄人ごのみの週刊テレビ雑誌「TV Bros」でもDVD-BOX発売の時にシャンゼリオン特集を組んだこともありました。テレビ雑誌の表紙に、本編で都知事選を戦っている特撮ヒーロー主人公。後にも先にもこんなヒーローっていないだろうな、たぶん。

 

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それはともかく都民の皆さん、本日20時までお近くの投票所は空いています。まだの人いそいで選挙に行って下さい!

 

 

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ホリエモン新党も宇崎ちゃんのポスターも根本的に全く同類である

こんにちは。

 

 先日のブログで書いた通り、今月からもう少しまじめにブログ書こうと思います。そんでもって今週は一般の都民として、間近に迫っている7/5の東京都知事選に絡めた話題あたりでも書いてみるかねってっていうことでコレ。ホリエモン新党のお騒がせ選挙ポスター。

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ホリエモン新党 - Wikipedia

 

 

衆目集めに使われ続ける女性の身体

 都知事選の7/5には北区でも都議会議員補選があるそうで、これはその候補者の選挙ポスターとなります。さすがにこのポスターについては地域の住民や多くの識者からも顰蹙を買っているとのことですが、ツイッターなどで読んだ論旨としては「選挙と民主主義の愚弄」「セクハラ」というものが多く寄せられています。

 

 それらもごもっともだけど、僕としてはこのポスターの根本にあるのは何度もこのブログで書いているとおり「女性の肉体を安易な衆目集めのツール」とみなしているこの社会の構造そのものだと考えます。

 

 

それはオタクが「女性の肉体が好き」であり、現実社会においても女性の水着やセミヌードのポスター、グラビアが乱立しまくっていることから『オタクっていうか世間の男は女性の肉体が大好きであり、昔も今も女性の肉体の写真やデフォルメした女性の記号を衆目集めやモノを売るために利用してきた』という身も蓋もない現実」です。

女体だーい好き!こそオタクとこの社会の本音である! - サブカル 語る。

 

 この女性の肉体を記号的に扱い、人の関心を寄せる。というのは古今東西の広告で多く使われてきたメソッドです。古くはビールの水着ポスターや雑誌のセミヌード等、最近はさらにその傾向はアニメや漫画のサブカルチャーにも及び、胸やお尻、足などを強調した「萌え系」イラストを使った地域振興ポスターも多くみられるようになりました。

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その件については何が問題かを以下の通り指摘させてもらっています。

 

こういうポスターを「表現の自由」というフレーズで擁護するオタク共や評論家さんたちにいいたいのは「皆さん、表現の自由がどうこううるさいけれどもこのポスターとかアニメの巨乳キャラたちを通じて表現したいものは何ですかい」という疑問です。

女体だーい好き!こそオタクとこの社会の本音である! - サブカル 語る。

 

 

ホリエモン新党で訴えるべき政策<女性の身体

 この疑問についてはバカなオタクから「表現の自由」云々。というはてぶコメントをもらっています。そのとおり。ポスターに萌えイラストを使うのは表現の自由ですよ。      

 だけど、僕の聞いているのはその自由で「何を伝えたいのか」ということなんですよ。そもそも広告っていうのは「モノを売りこむ」ためのものです。それは町おこしでも選挙でもその原則は変わりません。先述したホリエモン新党の候補ポスターも、その後で引用した地域振興のアニメ絵ポスターも。これらを見ると8割近くは女性の肉体がメインであり、そこから素直に意図を受け取るならポスターで訴えたいのは候補者や各自治体の魅力ではなく「女性の肉体のエロさ」を訴えたい!となります。政策を広く訴える選挙ポスターでこういった文脈に沿ったメソッドを使っているのをみるとその異様さが伝わってこない?

 

訴えるべき言葉<女性の身体

 くどい?ごめんね(笑)だけど日頃から偉そうに表現の自由について能書き垂れているんだったら教えてくれよオタク共。お前らが表現の自由と口にして守りたがっているエロの文法で伝えたい町おこしや選挙候補者の魅力ってなんなんだ?

 

 どーせ答えらえないだろうけどな、お前らバカだからさ。

 


 

 

 それからその疑問に答えるんだったら実際の写真に比べてアニメ・漫画のイラストはエロくない!とかヌードはダメで水着はエロくない!!などといったワケの分からない「表現の程度問題」に話をすり替えて逃げるんじゃねーぞ。そういうのってすっげー見苦しいからな。あと、この話題で誤読する奴も多いので言っておくが、これはオタクだけでなくて「俺を含めた男性サイド全体の社会構造の問題」だ。

 

※結局当選もできず、この候補の水着も単に「性的消費」されただけだったとい結果。
これって政治家として惨めすぎる結果になったなと思う。