サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

ウルトラマンタロウ自ら本で語った「日本」という国。

こんにちは。

 今週7/6からON AIRとなる「ウルトラマンタイガ」。

m-78.jp

 

 先日のブログ記事で触れたとおり、このタイガという若きウルトラマンは僕ら世代のヒーロー「ウルトラマンタロウ」の息子です。さらにこの番組ではタイガのほかアニメの「ザ☆ウルトラマン」主人公、ウルトラマンジョーニアスと同じ故郷「U40」出身のウルトラマンタイタスや、ウルトラマンオーブと同じO-50出身のウルトラマンフーマなど嘗てのウルトラヒーローとかかわりを持つキャラクターも登場するそうな。

 

 

 

 ウルトラマンタロウの書いた本

 さて本題。40年以上前に遠くの星から愛と勇気を地球に教えに来てくれたヒーロー「タロウ」。そのタロウが自ら本を書いて、ウルトラマンたちの戦いとこの国について語ってくれていたのを皆さん知ってます?

 

ウルトラマンの愛した日本

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表紙に燦然と輝く「ウルトラマンタロウ 著」

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 この本ではウルトラマンタロウが兄貴分の初代ウルトラマンウルトラマン80、更に平成ウルトラマンのゼアス~ゼロの戦いを振り返り、ウルトラマンの歴史と共にあった昭和~平成とは何かをタロウが語りかけます。タロウ曰く「地球語にはあまり堪能ではないため光の国の言語を理解できる小説家「和智正喜」さんが翻訳にあたったのこと。また「ウルトラマンの愛した日本」といいながらアメリカで放映された「ウルトラマンUSA」や「ウルトラマンパワード」、オーストラリアの「ウルトラマングレート」の戦いなどについても光の国で映像として保存されているというアーカイブでの戦闘場面を参考に語るあたり、ヒーローとしての誠実さというか律義さを感じます。

 

ウルトラマンの戦う敵は何か?

 この本のテーマを一言で言い表すとしたらこれに尽きます。戦後復興から科学技術の進歩で人々誰もが幸せになれるという夢を抱くことのできた一方、その流れに取り残されて不遇な環境に追いやられた人々もいた高度成長真っ只中の地球にやって来た初代。科学技術の発達が大国主義と結びつき、日本や世界各国が東西の2つに分かれて対立を深め、争い始めた頃に現れたウルトラセブン。人々が行動成長期のなかで成長優先、利益優先のため目を背け続けていた「公害」などの社会問題がクローズアップされる世相の中「帰ってきた」ウルトラマンジャックウルトラマンA(エース)。そしてウルトラマンタロウ。本来はレオや80ほか平成ウルトラマンにも触れておきたいけどこの辺にしておきましょう。

 

 タロウは本の中で初代ウルトラマンの時代は「宇宙の時代」「光の時代」だった。と語ります。そしてその眩い光はいつしか人々の心を覆う不穏な闇を生じさせ、初代からタロウ。さらに後の平成の世に続くウルトラマンたちも「人類や社会の抱える闇」と、戦うことになっていっくのです。

ウルトラマンと人間の自立

 そんなふうに半世紀以上もウルトラマンたちは人間社会の明るい未来、つまり「光」とは対極にある「闇」と戦い続けてきたともいえるのですが、それはまた言い換えると人々の「ヒーロー」への依存を描き続けてきた歴史、でもあります。では人間の力だけではその闇に抗えないのだろうか?

 

 いえ、そうは思いません。昭和ウルトラの物語を改めて振り返ると人間がウルトラマンに頼らず怪獣に勝利するというエピソードも少なくありません。特に最後の戦いで人間が怪獣と戦い、勝ったケースはなんと4割強。

 

初代   → ペンシル爆弾を使って科学特捜隊が初代を破ったゼットンに勝利。
セブン  → セブン勝利。
ジャック → ジャック勝利。
エース  → エース勝利。
タロウ  → 東光太郎がタロウの能力を捨てて戦い、バルキー星人に勝利。
レオ   → レオ勝利。
80              → UGMが80の力を借りずに冷凍怪獣マーゴドンに勝利。

アニメのザ☆ウルトラマンは世界観が異なるので除きます。

 

 こうしてみると昭和ウルトラ7作品のうち、3作品が物語を締めくくる最後の戦いでウルトラマンの力を頼らず人間が怪獣に挑み勝っています。そしてこれは僕の解釈だけどウルトラマンにはシリーズを通じて「人間の自立」というテーマも込められていたのではないかと思うのです。

 

 この中でも特に好きなのはタロウの最後の戦いです。タロウ=東光太郎は同居していた健一という少年が大事な家族を失って失意の底にいるのを見て、健一を励ますため自分がウルトラマンだと正体を語り「僕も君もタロウに甘えていた。僕もタロウの力にはもう頼らない」といって変身アイテム「ウルトラバッジ」をウルトラの母に返却。タロウの力を捨てたの見て「変身できなくなったタロウなど怖くもない!」と、ほくそ笑む侵略者のバルキー星人と生身の身体で最後の戦いに挑みます。

 

 ヒーロー特撮番組でありながら、最後の最後に自ら戦う人間たちの物語をエピローグに半分近く持ってくる「ウルトラマン」。僕はその構成に制作の「ヒーローに頼る危うさ」の訴え、そして「超人を頼らなくても困難を克服できる人間そのものへの信頼」みたいなメッセージが込められているように思えてなりません。昭和~平成を経て、次世代に受け継がれたウルトラマンも確かにおもしろい。だけど、やはりなにか物足りないなと思っているのは、おそらく現在のウルトラ番組に先述したメッセージを読み取りづらいからかも。まぁそんな古いおっさんのウルトラ愛を子どもたちに押し付けるのも野暮。タロウの子ども、タイガの物語を楽しませていただきましょう!

 

 


 

 

※本のあとがきには「また会おう!」とタロウがいっていたけど、まさか息子が会いにくることになると思わなかっただろうなぁ、タロウ(笑)