サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

昔のブログ記事が現在も読まれて評価されていることについて

こんにちは。

 

 今年はともかく業務に追われており、ブログ更新も滞りがちな今日この頃です。このブログもスタートさせて早くも5年目。ほぼ毎日更新を続けて人気ブログに育て上げたブロガーさんはスゲーと思ったりもするんですけど、そもそもこのブログはリアルタイムで放映されているアニメやゲーム、マンガなど最新サブカル作品レビューではなく、僕の記憶にあるマイナー作品やアイテムなどの思い出、時代毎のサブカル作品などから僕なりに可視化した社会を語るのが目的。普通に考えたらそりゃ人気ブログとほど遠いマイナーなブログとなるのは当然かな。

 

 ただ、そんなマイナーブログでも意外に嘗て書いた記事が軽くバズったり、ツイッターなどで高く評価されたりするのは嬉しいもんです。

 

 

 上記のツイートで紹介いただいたこの記事は2015年10月に書いたものであり、やたら先日この記事へのアクセスが増えていたことと、この頃僕がどんなことを書いていたか思い出そうと思って読んでみました。

 

アニメとエロがこれほど強く結びついたのはいつ頃か?それはたぶん、10年程前のとあるムーブメントがひとつの契機になったのではないだろうかと僕は思います。今から10年ほど前、エロゲーにあるムーブメントがありました。それはエロゲーだけど、泣ける。 泣けて、抜けるがウリのいわゆる「泣きゲー」と言われたエロゲーというジャンルの台頭です。そのゲームの固有タイトルを書いたりすると、頭に蛆の沸いたうるさい人たちが湧いてくるのでこのブログで挙げませんけれどもその物語の大きな特徴としては、主人公とヒロインの女の子が男女のやる事だけはきっちりやるけれどアンハッピーエンドな結末が基本のコンセプト。そういった屈折したエロゲーがこの頃にはたくさんあり、困ったことにアニメ化などもされて民放で放送されているのを見て僕は正直、思いました。

 

「この国は狂ってる」

泣きゲーなんて所詮、エロゲーを買えなかった奴のいいわけ - サブカル 語る。

 

 最近フェミに媚びるための記事が増えたと言いがかりをつけてくる人もいるんだけどなんてこたぁねぇ。俺、4年前から全然ブレてねーわ。そんでもって、自分の洞察力が極めてまっとうだったっていうことを再認識できた。この国の社会とエロゲー的な価値観が繋がっている風潮ってヤバくねーかな?という危惧を綴ってから4年後。現在の日本のありさまはこんな具合です。

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 どこもかしこも薄着や半裸の女性が溢れまくり、それを日本の文化と勘違いして誇りそれを諫める声を「表現の自由の侵害」とかわめきまくるくせして「あいちトリエンナーレ」を巡る騒動には何も声を発さないバカなオタク共が大手をふって歩きまわる国になっちゃいました。これを正常と受け取るか異常と考えるかは皆さんにお任せ。

 

www.huffingtonpost.jp

 

 何度でも言わせてもらう。この国は本当に狂っている。