サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

「NARUTO」「ONE PIECE」にまったく共感できない理由

こんにちは

 今日はのんびりできるので立て続けにブログいってみよー!っていう事で本日、読んでいて気になった記事。

gannbarenai.hatenablog.com

 

 これね。僕もずっと気になっていた。中学2年の頃からジャンプを買い続けて、中断期間があったもののおよそ20年以上、この雑誌とお付き合いが続いています。「週刊少年ジャンプ」っていうよりも、むしろ「習慣少年ジャンプ」って感じで。だけど、いつの頃からか連載されているマンガにげんなりさせられる事が増えたのです。「あぁ、またこのパターンか」という感じで。

 

 そのパターンは「物語の主人公の血統主義」。ジャンプの人気作品の主人公って、ほとんど「エリート」なんですよ。ONE PIECEのルフィは物語世界の秩序を司っている世界政府と戦える力を持った革命家「ドラゴン」の息子。NARUTOは出身国、木ノ葉隠れの里で頭領を務めた「うずまきミナト」の息子。食戟のソーマの主人公、幸平創真(ゆきひらそうま)も結局は知る人ぞ知る実力者であった料理人の息子。その他「BLEACH」も「HUNTER×HUNTER」も親が特殊能力の持ち主で子どもがその血統で・・・みたいな感じで。

 

 つまり、主人公の強さの秘密は「親の血筋によるもの」といった部分が色濃くて「友情・努力・勝利」が雑誌の物語のキーワードといわれても、あまりにも説得力が無い。確かに上記の主人公も特訓などで努力しているけれどそれが実ったのって元々の「素質」があったからしょう?

 

努力関係ないじゃん。

血筋のいい人間に凡人は勝てないじゃん。

 

 そんな事を思わせる人気連載陣に疑問を持っていました。この「主人公の血統主義」傾向が強くなったように思えるのが「日本の歴史」を誇ろう!みたいな自分のバックボーンを通じて自らの自信を取り戻したいと、やたら言論人が訴えたり小林よしのりが「戦争論」を出版した15年ほど前からじゃないかと感じるんだけどリンクしているんでしょうかね?

 

 ただ、最近になってその傾向はやや変わってきたようにも思います。身長152cmの少年が自らの肉体的ハンデを驚異的な稽古量で克服して高校生横綱になり、その実績を引っさげて相撲協会の身長規定を変更させ、プロの力士になった少年の物語「火ノ丸相撲」(作者:川田)

 

 どこにでもいる普通の少年がヒーローに出会い、あるきっかけでその力を継承する。その力を使いこなせるようになり、真のヒーロー後継者を目指していくという物語の「僕のヒーローアカデミア」(作者:堀越耕平)など、持たざる者だった少年が、自身の誠実さやひたむきさによって「持ち得る者」となっていく物語は、この小汚い心をもつおじさんとなった僕の心を揺さぶります。 努力って大事だよね。

 

※いっておきますけど、ONE PIECENARUTOを否定するつもりはありません。 ただやっぱりルフィとナルトのエリート設定はいらなかったと僕は思う。

  

こんなにもストイックな主人公の漫画を読んだのは久々。

 

 ヒーローの力を受け継ぎながらも謙虚で思いやりがある主人公は応援したくなる。

 

 

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