サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

月曜日のたわわ広告に、日本の「ダメさ」が濃縮されている

こんにちは。

 

 先月は想像を超えた業務の多さでブログを更新全然できませんでした。人間っていうものはとかく「サボり癖」に浸りやすく「もうめんどくせーからブログやめるべきか」とマジで思ってもいたのだけど、今週この話題を知ってやめるのをやめました。

 

natalie.mu

 

 もうね。心から思った。俺は二次元的なエロ文法に性欲を毒されたオタク達や表現の自由を守ろうなどと騒ぐ輩、そのエロ価値観にどっぷりなこの社会が心から大好きだ。奴らはブヒブヒわめいてエロ絵をむさぼり食い、ぶくぶくと太りまくって俺の目の前に極上の料理となって現れてくれる。んでもって俺はこのブログを通じて、そいつらを食ってやるってわけだ。ブログめんどくせー!っていう時に決まって頼みもしないのにネタを提供してくれる。エロネタを街に溢れさせてもなんら羞恥心のない性欲の豚どもは俺とこのブログほんとに好きなんだな。っていう戯言はこのあたりでそろそろ本題。

 

 別にこの広告、フェミニズムの人たちでなくたって、普通の社会人の感覚だったら「ふざけるな!」「なんだこりゃ?」ってなると思うぜ。上記のオタクや表現の自由がどうのこうのうるせぇ輩どもがこの広告の論点を「胸の大きさ」などの体形の問題などにすり替えたり、いつもみたく「嫌なら見るな!!ってだけだ」と怒鳴ったり見苦しい態度をツイッターなどで晒しているけれど、たぶん常識的な感性を持つ社会人だったらこの広告や発行元の講談社に対してこういいたくなると思うぞ。

 

「不安を吹き飛ばし、元気になってもらいたい・・・こんな女子高生イラストで元気になって?ふざけるな!ロリなイラストごときで元気になるほど単純な人生じゃないわ!気持ちわりぃロリコン趣味のお前らと私を並べるな!一緒にするな!」

 

 このブログでいつも語っている子どもを性的対象云々、衆目を集めるための女性利用云々以前の話です。ただでさえ政治・経済・文化で今後下り坂まっしぐらになっていくだろうこの国の将来を思って多くの人が頭を抱えているってのに「ロリコンイラスト」ごときで誰が元気を出せるか!!って話です。単純に。つまりこの広告のクライアントである講談社日本経済新聞社もナメているのよ。この国と人を。この国で「経済」をでかでか掲げている「日本経済新聞」が

 

ロリコンイラストでみんな元気になろー」

 

 普通に考えてお前ら舐めてるだろ?経済を冠する新聞がこのザマかよ。

 

 以前、このブログで僕は女性を広告に使う際に内在させられている「エロ的文法」について述べさせてもらいました。

 

 

リンク先の記事ではライターが水着女性を広告に使ってきた最大の理由に「男は基本的にオネーチャンの水着姿が好き!(同性愛者については別。)」というのを上げており「そうだろうね」と僕もうなずくところです。記事によるとビールメーカーも「男性の性的欲求」に働きかけるのが目的だったとはっきり述べています。だけど、その男性対象の性的欲求への訴求もニーズの多様化とか女性ユーザーの増加などの背景で減少、廃止せざるを得なくなったそうな。そりゃそうだ。 で。話に戻ります。こんなふうなユーザーの多様化により「男性的な性的欲求」への訴求」がだんだんと廃れていった背景に逆行していくようにアニメやゲーム、漫画などいわゆる「サブカル」な分野では「エロ文法」満載な描写、表現が増加しているのはなぜか。これは実写だから、非実在キャラだからといった乱雑なくくりや「表現の自由云々」などといった議論に逃げずオタク、非オタクな人、老若男女などを含めもう一度深く考えるべきではないだろうかと思う

僕らの周りに溢れるエロ文法に、みんな麻痺していないかを考える - サブカル 語る。

 青線の部分を見てもわかるけど、男性の性的欲求に頼り商品を客に売っていた時代はもう古いのだと多くの企業も認識を改めている。つまり、エロを商売に使っても昔みたいなうま味はない。逆に女性ユーザーの増加やニーズの多様性によりマイナスにもなりかねない。と考え始めたからこそ「内在的なエロ」を秘めた広告は減ってきたのです。フェミニズムの弾圧や規制などでなく、あくまでも「商売」という面で廃れていったのです。社会的なモラルの成熟という点もあるだろう。だけど「エロは金にならない」という大前提が「エロ」や「エロ的な文法」にNoをつきつけている。そこを見誤ってはいけません。その辺を分かっていないとタイツメーカーの「アツギ」みたいな目にあいます。

 

 月曜日のたわわ広告の話題を知ってつくづく僕が「こりゃダメだ」と思ったのは、オタクや表現の自由云々がどうのこうのとうるさい人たちにではありません。日本経済のオピニオンリーダーっぽい面した「日本経済新聞」がいまだに社会の消費趨勢やこの新聞にも少なからずいるだろう女性ユーザーに対して鈍感であり「エロ広告で金を儲ける。それは商品の売上につながる」という判断の愚かさにたいして頭を抱えたくなる。まともな広告の営業だったら「講談社さん。こういう古い広告出したら企業イメージ」壊れるので辞めたほうがいいですよ」といい止めるだろうと思う。

 

(イヤミっぽく)この国の経済のオピニオンリーダーがこんな具合じゃいつまでたっても景気回復しないわそりゃ。

 

 

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日本で最もサステナブルなのはアニメ・マンガ業界である

こんにちは

 

年も明けてダラダラしていたら、あっというまに一ヶ月たってやんの。正月も明けて

年始の挨拶も今さらですが、今年もどうぞみなさんよろしく。

 

さて、そろそろブログの本題。今年最初のブログでは何について述べてみるかな?とか思っていた矢先に知ったこの話題。

 

uy-allstars.com

 

「ラムさぁぁーんっ!あなたは私の青春だったぁーっ!!!!!!!!!!!!」

 

などと、千葉繁の声まねで叫んでみたくなる今日、この頃でございます。いや…別に、いいんですよ。私、あの小劇場の即興劇みたいな独特のテンポやキャラの行動、セリフなど満載の「るーみっく・わーるど」大好きだから、このリメイクそのものに批判なんぞございません。ただ、寅年だとか、小学館100周年だとかいわれてみても、わざわざ40年ほど前の作品を引っ張りださなくてもいいんじゃないかな?と思う自分もいます。

 

 過去の作品を現代にリメイク。そんなのは昔からあるものなのでリメイクそのものを否定などはしません。だけど、この20数年で「物語」をめぐる環境は大きく変わった。テレビは民放やNHKだけでなくCSを含め多チャンネル化。マンガや小説も従来の雑誌に加え、Web媒体などを通じてやはり20年数年前と比べ物にならない程の量が流通している。いってみりゃ巷に「物語が溢れかえっている」状態だといえます。だったらその中から「現代を象徴する、現代を象徴できる作品」を探してそこにスポットライトをどんどん当てて育てりゃいいのにとも思うんだけど僕の見る限り、どうもその辺があんまり積極的とは思えない。小学館100周年の節目を飾るのは「今の小学館を代表する作品」ではなくて「40年前の代表作のリメイク」。それだけでなく、アニメや特撮の界隈では相も変わらず「エヴァ」や「逆襲のシャア」の続編が作られたり、今年~来年はウルトラマン仮面ライダー「シン」が話題ときたもんだ。お前らよく飽きねーなと、ウルトラマンを愛している僕でもついイヤミなんぞをいいたくなります。余計なお世話だろうけど。

 

だけどもまぁいいか。世間では環境保護や持続性のある社会構築とやらのために「サステナブル」なるものが注目を集めているこのご時世。過去の作品を掘り出してリメイクしたりその素材を切り貼りして作られた二次的作品っていうのはある意味で最も「現代を代表した物語なのだ」ともいえます。

 

www.env.go.jp

 

他分野の生産業も日本のマンガ・アニメ業界を見習って、サステナブルなものづくりに励んで下さい。

 


 

 

 

今年もありがとうございました。来年もどうぞごひいきに

皆さんこんにちは。

 

 本日、やっとの仕事納めで気分もほっとしています。ブログに書いてやろうかなぁと思っているテーマも数多くあるけど、それらについて述べるのはまた来年にさせていただこう。今年も多くの方にこのブログを読んでいただき、感謝をしております。来年はこの駄文をもう少し多く更新できるよう努力します。

 

今年も有難うございました。来年もどうぞごひいきに!

 

 

僕らの周りに溢れるエロ文法に、みんな麻痺していないかを考える

こんにちは。

 

 先月はあまりにも業務が立て込んでいたためブログ更新をサボることになりました。とかいっても所詮、このブログは新聞広告の裏紙にテキトーなよしなしごとなんぞを、そこはかとなく書き綴っただけの駄文集なので、サボったところで誰かに怒られるっていうものでもございません。ただ、更新を行っていなかった間にも読者の人が地味に増えており心から感謝!あーこうやってこのブログを読んでくれて気に入ったという酔狂な人もいるんだなぁ。ありがてぇ話だ。だったらせめて更新数は少なくたってそれなりに「読ませる文章というものは追求するべきだろうなぁ」なんて思いながらキーボードを叩いてます。

 

 さて。小演劇の前説みたいなご挨拶はこの辺にして本題。本日のブログは今週のお題『心も体もぬくぬくに』といったテーマに沿ってコレいってみるか。「温泉」からの、温泉むすめ。正直すこし食傷気味だけども。

 

news.yahoo.co.jp

 

 

 あまり気は進まず、またもや以前のブログ記事のリライトっぽくなってきているけどやっぱり何度でも書いておこう。この問題については以下の番組でも多くの意見が出ているので「お好きにどうぞ」というだけでしかありません。記事を読むと出演者らの見解もとっちらかっている印象なのでそれについてどうこういうつもりもない。ただ、どの人も地域振興、観光のPR目的で女性キャラクターを使うことの是非はともかく、これらのキャラ設定の「夜這い」「スカート捲り」など『男性を喜ばせる対象としての女性性』がなぜこんなにも絡んでいるのだろうかという、この温泉むすめたちの『背後にある男性にとって都合のいい女性性』について誰もしっかり語ってくれていないのはあまりにも物足りないというところです。

 

news.yahoo.co.jp

 

 何度も言っているとおり、この手の問題の根源は「衆目を集めるため、エロ的文法に
あてはめた女性が商品広告のPR材料になぜ使われ続けているのか?」という素朴な疑問であって、それ以上のものなどありません。これは温泉むすめだけの話でなく、昭和や平成以前の頃まで遡ってみんなで考えた方がいいテーマなんではないのか?と思い数年前からこのブログで何度も同じことをダラダラ書き続けています。最近流行の「兵器や競馬など、別事象の女性擬人化」の是非などを含めるとまたややこしくなるので、ここでは話を切り分けます。ここで述べたいのはあくまでも女性に対する表現における「内在的エロ文法」だけとさせていただきます。

 

「内在的エロ文法」と単語だけ抜き出しても多くの人には「なんじゃそりゃ?」と首を傾げさせるだけでしょう。それについて言葉で説明しても伝わらないので具体的に。

 

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出典 page.auctions.yahoo.co.jp

 

 こういうことです。

 

middle-edge.jp

 

 リンク先の記事ではライターが水着女性を広告に使ってきた最大の理由に「男は基本的にオネーチャンの水着姿が好き!(同性愛者については別。)」というのを上げており「そうだろうね」と僕もうなずくところです。記事によるとビールメーカーも「男性の性的欲求」に働きかけるのが目的だったとはっきり述べています。だけど、その男性対象の性的欲求への訴求もニーズの多様化とか女性ユーザーの増加などの背景で減少、廃止せざるを得なくなったそうな。そりゃそうだ。

 

 で。話に戻ります。こんなふうなユーザーの多様化により「男性的な性的欲求」への訴求」がだんだんと廃れていった背景に逆行していくようにアニメやゲーム、漫画などいわゆる「サブカル」な分野では「エロ文法」満載な描写、表現が増加しているのはなぜか。これは実写だから、非実在キャラだからといった乱雑なくくりや「表現の自由云々」などといった議論に逃げずオタク、非オタクな人、老若男女などを含めもう一度深く考えるべきではないだろうかと思うのです。何度もいいますがビールの水着ポスターも温泉むすめのキャラ設定もユーザー訴求の根源にあるものは「男性の性的欲求」であり、「女性だって温泉むすめをかわいいと思う人も少なくない」とか、そういった議論の枝葉の部分に逃げたらいけない。これらに「男性の性的欲求への訴求」を読み取った人の声を「表現多様性の否定」「お気持ち」という言い逃れをつかって耳を塞ぐべきではない。その問いかけについてどんな結論を出すかは人によってさまざまでしょうけれど、少なくてもそこから僕たちは「自らの性的欲求と社会」について自問自答や議論を紡いでいくべきなのではないか?それは述べてきたエロ的文法に沿った性描写や性表現などに長年お世話になった、あるいはお世話になり続けている社会に生きる者としての最低限の誠意だと僕は思うのです。

 


 

 

 

 

赤松健の「ムリ」発言は表現の自由戦士の敗北を表すものである

こんにちは。

 

 今月もなんだかんだで月一の更新でございます。このブログはアニメや漫画、ゲームその他諸々の「なんだコリャ?」な情報やモノを紹介することで、それらの持っている「くだらなさ」「発想の奇抜さ」「時代を先取りしすぎた先駆性」など独特な味わいを楽しみたくて始めたものだったんだけど、気づいたら「オタク叩きの急先鋒」みたいな扱いをうけることの極めて多いブログになっていました。別にいいけどさ。私ゃただ、社会的な常識とやらを持たない人たちに対して「社会性をもってオタク趣味を楽しもうぜ。そうでないとそのうち社会からそっぽ向かれることになるぞ」と言い続けているだけなんだけどもな。まぁその主張もわかる人にはわかるだろうし、わざわざ声高に言わなくてもオタクはそのうち否応なく、社会との対話や常識の照合を突き付けられて醜く狼狽することでしょう。

 

 さて、本題。本日のブログのテーマは漫画家「赤松建」さんのこの発言

 

 

 この人、何に対して「ムリ!」といっているのかというと大阪府の出した「表現ガイドライン」の女性キャラ描写について。さて、大阪府はどんな「ムリ」なことをいっているのか見てみましょう。

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※女性を描く時は外見(若さや性的側面など)のみを切り離さずに

 人格を持った多様な姿で描きましょう。

 

なんや、うるさい輩どもがまた「このブログの野郎はいっちょかみしやがる」って吠えたそうな面してやがるな。・・・だったらそんなことをいわれないためにも、このガイドラインを熟読してからブログを書こう。なになにタイトルは

 

「考えてみよう その表現

興味を引くためだけに、女性を使っていませんか」

 

そんでもって、本文。

「安易に女性をアイキャッチャーとして起用するのではなく『伝えたい内容が何か』を考え、広報内容に合った表現方法を心がけましょう」

 

…なんだろう、見覚えあるなぁ。

 

 

それはオタクが「女性の肉体が好き」であり、現実社会においても女性の水着やセミヌードのポスター、グラビアが乱立しまくっていることから『オタクっていうか世間の男は女性の肉体が大好きであり、昔も今も女性の肉体の写真やデフォルメした女性の記号を衆目集めやモノを売るために利用してきた』という身も蓋もない現実」です。

女体だーい好き!こそオタクとこの社会の本音である! - サブカル 語る。

 

 

 日頃から偉そうに表現の自由について能書き垂れているんだったら教えてくれよオタク共。お前らが表現の自由と口にして守りたがっているエロの文法で伝えたい町おこしや選挙候補者の魅力ってなんなんだ?

ホリエモン新党も宇崎ちゃんのポスターも根本的に全く同類である - サブカル 語る。

 

 

 

そうだ、そうだ。どっかで見たと思ったら数年前の俺のブログで書いたことだったわ。数年前なのか。「オタク叩きでのブログのアクセス稼ぎ」「いっちょかみ」。そうかもね。だけども、数年前からこのブログでは最新の大阪のガイドラインと同じこと書いていたのか。範馬勇次郎だったら数年前からの主張を目を通しておっそろしくほほえんで

「そいつぁ資格が大アリだぜ!!」とかいって褒めてくれそうだな。と、まぁダラダラ書いてきたけど、別に行政の言い分と一致して答え合わせしたり、俺のブログは正しかったろ?とかいいたいんではありません。ただこういった見解みたいなものがいずれ行政などの公的機関から出てくるだろうということは普通の社会人だったら誰でも想像できるはずだとはいわせていただきます。

 

 よく考えてみ?政治、経済、文化の中で従来の女性軽視的な言動、行動などが世界的な潮流になっている男女平等コンプライアスのアップデートに従って改められていく中で旧態依然な「女体だーいすき」的なエロ価値観を反映させた表現だけがスルーされる筈ないのよ。どこからがエロくて、どこからがエロくないのかという程度の話ではなく行政ははっきり「女性を衆目集めに使ってきたこの日本社会の風潮。」そのものに異を唱えている。その苦言について表現のあり方を考えるならまだしも「ムリ!」。だったらずっと全裸や半裸で照れ笑いを見せながら温泉にザボーンと飛び込む女性キャラだけ描きつづけなさい。まさに表現の自由だ。ただ、その結果、社会からはそっぽ向かれるだろうから。僕らオタクもこのガイドラインをオタク的、エロゲーな価値観と社会との対話の機会と捉えて積極的に社会の常識というやつと対話するべき。さもなきゃエロは更にキツイ状況に置かれるぞ。表現の自由戦士がどれだけ「エロ弾圧は表現の自由の侵害」と怒鳴っても社会はすでにそれは「エロに対して負い目を持っている奴らの言い訳」だととっくに見抜いている。クライアント(行政)からの意見に「いや、俺エロしか描けないっすから!」としかいわない漫画家に付き合ってもいいことないぞマジで!

 

 


 

 

まんだらけの「禁書房」はオタクのキモさを周囲に知らしめる絶好の機会

こんにちは。

 

 今月もブログの更新数を増やすこともなく、サボりにさぼりまくり最低限の月一更新になりました。今回のテーマは「まんだらけ」。オタクだったら誰でも知っている漫画、アニメ、同人誌などの関連グッズなどを多く取り扱っている「オタク御用達の古書店」です。

 

まんだらけ | トップページ | MANDARAKE

 

 ちなみにこの店を知ったきっかけはオタクの口コミやアニメ関連雑誌などではなく、小劇団の専門雑誌誌「演劇ぶっく」の特集「街中の演劇を探せ」でした。その特集でこのまんだらけの店員が昭和の戦隊ヒーロー「超電子バイオマン」の「ブルースリー」のコスプレをして商品を並べている写真が掲載されており、驚いたのを覚えています。

 

 いつもどおり本題について語る前のどうでもいい話はこの辺で。さて本題。このまんだらけ中野ブロードウェイの一角に、アダルトビデオやエロDVDなど大量エロ商品を専門に扱う「まんだらけ禁書房」なる店をこのほどオープンさせたそうな。

 

 

 さらにその店舗の正面にはティーンや子ども向けのファンシーショップがあるため、ツイッター上では下記のハッシュタグが作られたとのこと。

#まんだらけ禁書房撤退しろ 

 

 ツイッターをみると「ファンシーショップへの嫌がらせ」「ファンシーショップとそのお客であるこどもたちを守ろう」「経済の自由に則ってエロ商品専門店を営業して何の問題がある!」みたいな声が溢れており、それらを見ていて、正直言って僕はただ困惑させられたのでした。その困惑を一言でいうと

 

「これはマーケティングの結果なの?単なるオタク潰しなの?」

  

 企業というのは何らかのサービスを顧客に提供することで利潤を得るのが目的でありそのためにマーケティングを行います。エログッズ専門のお店だって顧客のニーズというものがあり、普通に考えたらお客さんはきますよそりゃ。ただ、出店立地条件である
若い女の子の多く集まるお店の前。」というのを考えてみた時に「そもそも、自らの性癖を周囲(しかも女性)に晒すことになる店なんぞに客はやってくるのだろうか?」という考えはなかったのだろうか?いやいや、おそらくあったのでしょう。ということはむしろ「女性たちに自分の性癖を晒すことになる」のが大前提であり、それこそこのお店の最大の「ウリ」と判断したのだと考えるほうが自然。だけどそんなものを「店舗のメリット」にされたところで一般的な形で社会にコミットしているエロ好きオタクや非オタクな社会人の皆さんはそんな環境を「キモい」と思うでしょう。社会にコミットできているエロ好きオタクにとって迷惑このうえありません。

 

 だから僕はこの出店を「まんだらけのオタク潰し」と思っています。社会というものについて深く考えることもできず、ただ性欲をダラダラと人目を憚らず周囲に垂れ流すだけの節度のない「オタク」ははっきりいって「ジャマ」。だって、そんなのを放っておいたら会社のコンプライアンスを疑われたって文句などいえません。だからこそ今回
あえて「若い女性の集まる」前にゴキブリホイホイみたいな店舗を立ててそのゴキブリを集め「社会に対応できない非常識なオタク」を社会に晒して駆除を試みるというのが目的なのではないか?と、勝手に僕は思ってる。

 

 いやもちろん妄想だよこんなの。だけど、そうでも思わなきゃやってらんない。この数日間で常識のないオタクが店に集まり、周囲から大ヒンシュク。そしてまんだらけ
そのヒンシュクに対して頭を下げ、この店舗そのものをアングラな場所に移動させて営業を続ける。現在シャッターを下ろし続けているファンシーショップはめでたく営業を再開。後に残ったものは社会性のないオタクどもへの罵詈雑言だけという。ご都合主義だけどそんな展開をとても期待している。

 

 


 

 

※何度も何度も言い飽きたけどさ、俺は別にゾーニングを守ってさえいればどんな妄想だって性欲だって否定しない。ただそれを周囲に晒すなっていうだけ。

 

今週のお題「サボる」