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サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

アニメ業界体験録 -エロの言い訳だった泣きゲーだけど、結局の所「泣ける」より「抜ける」が目的だろ?-

アニメ業界 社会 サブカル

こんにちは

 

本日のテーマはこのブログから。

アニメとエロが

これほど強く結びついたのはいつ頃か?

それはたぶん、10年程前のとあるムーブメントが

ひとつの契機になったのではないかと、僕は思います。

 

今から10年ほど前、

エロゲーにあるムーブメントがありました。

それはエロゲーだけど、泣ける。

泣けて、抜ける

ウリのいわゆる「泣きゲー」と言われた

エロゲーというジャンルの台頭です。

そのゲームの固有タイトルを書いたりすると、

頭に蛆の沸いたうるさい人たちが湧いてくるので

このブログで挙げませんけど、その物語の

特徴としては主人公とヒロインの女の子が

男女のやる事だけはきっちりやるけど

アンハッピーエンドな結末が基本のコンセプト。

 

そういったエロゲーがこの頃たくさんあり、

困った事にアニメ化などもされて民放で

放送とかされているのを見て僕は正直、思いました。

 

「この国は狂ってる」

 

アニメは肝心の性描写を一切省いた

若い男女の純愛などを前面に押し出した作りで

それだけを見れば別に問題ありません。

実を言うとアニメを見て僕もちょっぴり涙ぐみました。

 

オイオイちょっとまて!

 

所詮、コレってエロゲーだぞ。

CGの男女の性描写で野郎どもを

興奮させる二次元ポルノだぞ。

こういった黒い本質を隠して、

純愛のもつ白いイメージで売るのって

ズルくない?と僕は苦々しく思っていましたが

この泣きゲーのブームはそれなりに長く続き、

これらの作品はエロゲー好きの言い訳の材料に

使われていました。

 

エロゲーは単なるエロじゃない。

最近の作品は物語もクオリティが高く、

脚本も泣けるものが多いんだ!

 

そんな連中の言い分を、

僕はいつもこう思っていました。

 

お前らの目的は「泣ける」より「抜ける」だろバカ野郎!

 

もっとも最近の傾向ではその「泣きゲー」も

現在かなり衰退していますけどね。

 

ただその前後あたりから

アニメも「エロ」との直接的、間接的な

コラボを模索するようになり、アニメが何か

おかしくなったとは思います。

 

もっとも80年代でもテレビアニメのエロ表現は

ありました。だけどそれらはあくまで

作品のファンに対するちょっとした

サービスカット程度のものであって、

エロ表現を全面的に出していたのは

フェアリーダストの作る

くりぃむレモン」等の18禁アニメビデオという

きっちりした区分みたいなものがあったのです。

 

現在は、女の子のセミヌードなど婉曲的なエロ表現が

オープニング映像や本編に多用される作品が増え、

それらの直接的に近い間接的なエロ表現が

DVDの売り上げや視聴率などにも関わっているという現状。

 

僕が制作に携わった作品もDVDを売るために

女の子の裸のシルエットに月明かりを当てて身体の

ラインを曖昧にし、かつ肌色ではない色に変更して

規制はセーフ!みたいな表現を多用したりしていました。

 

そんなことをやっているくらいだったら、

最初からデスラー総統でも

脱がせりゃいいのに。とかたまに思う。

 

あ、別にエロゲーが大好きでも

そういうアニメエロにハァハァしても

個人の趣味なのでケチをつけるつもりはありません。

 

ただ、それをもってアニメやゲームを

日本の文化だの、クールジャパンだのと、

ドヤ顔で誇るのだけはやめていただきたい。

本当に恥ずかしいことだし、そんな人と

同類に思われたくない。

  

 

 ※あら、イカ娘なのに秋田書店じゃなくて角川なの?