サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

サッカーW杯。日本代表の応援ボイコットでこの国のバカさが分かった

こんにちは。

 

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 先週からロシアでいよいよ始まったサッカーW杯。にわかサッカーファンの僕自身も非常に楽しみだったんですけども、今回は日本代表の応援をボイコット。強豪国であり前回のブラジル大会で敗北を喫した南米のコロンビア戦もテレビをまったく観ず、報道で結果だけを抑える程度に留めて「あ、日本勝ったんだ。へぇ。」程度で感情を抑えています。正直言って決勝に進もうが、予選敗退になろうがどうでもいい。その応援ボイコットのきっかけとなったのは今さらいうまでもありませんがこの事件。

 

 

www.jiji.com

 別に西野監督や選手にはこれといって恨みもないんだけども、僕は日本サッカー協会のこの仕打ちを絶対に許せません。解任理由も「選手と監督のコミュニケーション不足」みたいな説明をしているけど、だったとしても予選を勝ち抜いてW杯出場のキップを手に、これから並みいる世界の強豪を相手に戦ってやるぞ!と意気込んでいるだろう監督からその権利を奪うなんてあんまりだし、こんな道理の通らない話はありません。W杯をハリルホジッチ体制で戦うつもりが最初からないんだったら、どうして事前の強化試合の指揮をとらせたのか。いきなりの決定だったこのハリルホジッチ解任は多くのサッカーファンも疑問を呈しており、本選前の監督交代について多くの人が不満だったはず。コロンビア戦直前までの下馬評も日本代表の評価は低く「決勝に進出?ムリでしょう」という声が圧倒的だったのに終わってみれば手の平返しで「感動した!」のオンパレード。この「結果がよけりゃぜんぶオッケー!」みたいな空気に僕はひどくイラついています。

 

 コロンビア戦勝利の余韻に日本全国で浸っているなか、こんなブログを書いている僕は本当に根性曲がりだろうな。とも思うけど、これはサッカーだけの話ではありません。コラムニストの小田嶋隆さんは今回のハリルホジッチの解任について、こう語っています。

 

business.nikkeibp.co.jp

以下、コラムの引用

"何回か前の当欄で簡単に説明した通り、私は、現代表チームのメンバー構成やチームとしての正当性に疑念を抱いている。よりはっきりとしたところを申し上げるなら、私は現代表チームならびに、その選考に当たったJFA日本サッカー協会)の首脳を信頼していない。

(中略)

 理由は、以前書いたことの重複になるが、前監督であったハリルホジッチ氏解任の顛末に納得できていないからだ。また、西野監督に後任を託した理由と経緯についてJFA日本サッカー協会)ならびに西野監督本人がなにひとつマトモな説明をしていないからでもある。"

 

こう語ったうえで、更に続けます。

 

"「いまさらグダグダ言っても仕方がないじゃないか」「過ぎたことを蒸し返してどうなるものでもないだろ?」「とにかく今目の前で戦っている自分たちの代表を応援するのが、普通の日本人としての唯一の現実的な態度だとオレは思うわけだが」てな調子で、当初は不満を持っていた人々も、時間の経過とともに、順次わだかまりを水に流しつつある。こんなふうにすべてを水に流して忘れてしまうことが、善良な日本人としてのあらまほしき上品な振る舞い方だということを、われわれは、子供の頃からやんわりと教えられ、そうやって大人になっている。

(中略)

 われわれの多くは、不満たらたらで通っていた職場にも、そのうちに馴れてしまうタイプの人間たちだ。してみると、どんなに無茶な人事であっても、いかにデタラメな状況説明であっても、事態を掌握している側の人間が中央突破で押し通してしまえば、最終的にはどんな無茶でもまかり通ることになっている。月日のたつうちには、誰もが抵抗をあきらめてしまう。われわれが住んでいるのはそういう国だ。つまり、既成事実の積み重ねが人々を屈服させるということの繰り返しがこの国のこの千年ほどの歴史の主要なストーリー展開であったことを踏まえて考えるなら、JFAの排外クーデターもモリカケの強弁も、最終的には「現実としてこうなってしまっていることについていまさら何を言っても仕方がないじゃないか」てなことで、不問に付されるに決まっているのである。"

 

 世間的にみたら、たかがサッカーという話だけど、この一連の騒ぎは結局のところ、権力を持っている人間たちが物事を勝手に決める横暴を繰り返すことで「その他大勢」である僕たちに道理に合わない手続きを「もう決まったこと」と諦めさせるという点で現在の政治や経済を突き動かしているものと本質的に同質のものです。つまり、僕らは力を持っている奴らに「どんな横暴もあいつらは時間さえ経てば忘れる」「目の前の結果というエサをくわせりゃ、あいつらは喜んで尻尾を振る」とナメられているのです。

 たかがサッカーではありません。今回のハリルホジッチ解任は「森友学園」や「加計学園」疑惑、自衛隊の日報の隠蔽、日大アメフト部の不祥事、企業の会計不正などと同質構造による「筋の通らない権力の横暴」であり、それらはみんなひとつに繋がる話なのです。たとえ日本がW杯で決勝トーナメントに進もうが、ベスト8になろうが、優勝しようが僕はその協会の「道理を弁えない振る舞い」を許そうとは思っておりません。皆さんはどうぞ心ゆくまで存分にサッカーのW杯をお楽しみ下さい。あ。ちなみに今大会で日本代表が決勝トーナメント進出を決めたらサッカー協会は結果を出したことになるのかという問いには「NO!」と答えておきます。それは結果ではなく単なるまぐれあたりだからです。

 

「マネジメント」第26章の「組織の精神」で、ドラッカーはこう語っています。 組織の焦点とは成果に合わせなくてはならない。 ここでいう成果とは何なのか?ドラッカーいわく「成果とは長期のもの(つまり継続性のあるもの)であって百発百中ではない。 百発百中は曲芸である。」と語っています。この話を僕は以下のように解釈しています。 百発百中の曲芸。これは僕らがふだん考える「理想の結果」です。だけど、これらは言うまでもなく一過性のものであり続く事はない。服の売り上げ100万円だって29日間売れなくても最後の1日でお金持ちが100万円分買ったら達成される。あるいは想定の2倍の量が毎日売れて200万円UPになる月だってあるかもしれないし、逆にまったくダメで売り上げ-100万円DOWNの月も存在しうる。 このように先が見通せない中で、百発百中の曲芸を思わせる「理想の結果」を短絡的に求めて一喜一憂するのは不毛である。だったら毎月100万UPに達せなくても、その目標に近い金額を達成できるプランを立てて継続的に実行させていく。たとえ、そのプランで達成できなくてもその「失敗」という弱みに臆せず、売上100万円アップを目指して、新しい事に積極的態度で継続的に取り組んでいくことこそ、成果である。 こんな感じでしょうか?

ドラッカーを読んでいなくてもできる、店舗売り上げアップ作戦を紹介 - サブカル 語る。

  マネジメントの著者、ピーター・ドラッカーは「結果」を上記のように語りました。ドラッカーの言葉に当てはめると、日本サッカー協会は98年以降、毎回日本代表をW杯に出場させているという意味での結果、成果は出しています。そこは認めます。ただ、ここから先の日本サッカーが目指すべきは継続的なW杯決勝トーナメント出場常連となるチーム作り。単発的にベスト8やベスト4に入ったところで、それはまぐれでしかありません。だからこそ、4年ごとの結果に一喜一憂しないで継続的な代表強化を続けてもらいたい。そうやってサッカーを日本の文化に育ててもらいたいと思っているからこそ目先の結果だけでハリルホジッチを解任したサッカー協会を、僕は許せないのです。

 

arrow1953.hatenablog.com

 ※実話に基づく記事。アパレル業界に努める知人(高卒)が月に100万円の売り上げアップを会社から求められた時の奮戦記。大学で経営学を学んだという本社から来たマーケティングの専門家が達成できなかった目標を、高卒の店員が創意工夫で挑み、痛快な結果になるまでを語ったイチオシのエピソード。読んで損はさせませんので、ぜひ!!

 

 


 

 

 

 ※サッカーって選手が鍛えた技術を競い合うのが前提だけど、向かい合って戦っている監督同士の戦術ってのも本で読むとスゴイ。フィールドで行う将棋といっても過言じゃない。

BL(ボーイズラブ)を読んだウブな乙女の意外な感想について

こんにちは。

 

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 本日のブログ記事は思うところあって、以前書いた記事のリライト。最近ブログアクセスが増えており、それはそれで嬉しいんだけど、その中でもお気に入りな記事であるにも関わらず未だ殆どの人に読まれていない記事も多くあったりします。そんな時は既存の記事に追記するのがいいのか、またはgoogleインデックスから削除した後、改めて記事を書き直す方がいいか。そのあたりの検証も兼ねて本日は記事を書いてみたく思います。数あるほぼ未読の記事から選ぶのは「BL(ボーイズラブ)」についての話題。

 

ボーイズラブ - Wikipedia

 

 ボーイズラブとは何かというと男性や少年同士の性愛を描いた物語を指しており、漫画やアニメ、ゲームなどあらゆるメディアで流通しているジャンルではありますけど、70~80年代には竹宮恵子の「風と木の詩」や萩尾望都の「トーマの心臓」など、少年の背徳的な性愛を描いていた少女漫画も少なからずあったため、男性の性愛自体はさほど目新しいテーマでもありません。ただ、僕が中高生だった頃は先述の「背徳的性愛」というより、直接的性欲の発露、その性描写が表現の中心になった同人作品などが広く流布するようになったことから、これらの作品は俗に「やおい」と呼ばれており、どちらかというとアングラな立場に置かれていた印象があります。

 

kotobank.jp

 

 人気アニメ・漫画作品の美形キャラを使った性描写ありのパロディー同人作品も多数あり、少年漫画の「聖闘士星矢」や「鎧伝サムライトルーパー」など男子キャラクターの豊富な作品が女性に人気を博していたのも、この「やおい」が少なからぬ影響を与えていたからであることは、今さら言うまでもありません。また、その中にはどの層をターゲットに書いたんだ?と首を傾げたくなるような作品もありました。知人はキン肉マンテリーマンやおい本で互いに下半身でつながり、「マッスルドッキング!」などと叫んでいるのを見て「どこでドッキングしてるんだ!」といいたくなったと語ってたな、そういや。

 

 さて本題。もう8年ほど前の話になります。当時、LANネットワークの技術者として僕が出向していた会社でその時、隣の席にいた娘の話です。この女の子は明るくて人当たりもいいだけでなく下手なアイドルなんかより可愛かったため、同僚の野郎ども全員から好かれていました。隣の席だったので僕も仕事のことやプライベートについてよく話していましたけど、その中で印象的だったのはこの女の子が腐女子の友人に薦められてBL(ボーイズラブ)系の同人誌を読んだ時の感想。その友達からボーイズラブの話を聞いてその存在は知っていたけどどういうものかわからなかったため、興味本位で読んでみたそうなのです。そのBL本を読んだ彼女はこういいました。

 

「AMさん、私、この間友だちにBL(ボーイズラブ)のマンガを借りて読みました!」

 

 いや、別に同性愛に偏見はないんだけど、その子の持っていた「恋に恋する乙女」イメージとBL(ボーイズラブ)のイメージがあまりにギャップがあったのと、BL(ボーイズラブ)=やおいという先入観もあったので、僕はキン肉マンテリーマンの交わりなんぞを連想して飲んでいるお茶を思わず吹き出しそうになりました。その子の手にあった作品にも当然男性同士の性行為があり、局部には修正が入っていました。その修正も下記ブログで調べたところ複数パターンがあり細分化しているそうです。

blove.livedoor.biz

 

 その子が見せてくれた本の修正のパターンはセリフの吹き出しで局部を隠すパターンと、男性の股が光でぼやけている表現の2パターン。彼女の話を聞いてみると男性の股の部分がぼやけている表現の意味が分からないというので「そりゃ性器をぼかしてるんでしょ」と教えたら「え?アレってそういう表現なの?」と、いうのです。「そういう表現もなにも、ソレ以外になにがあるのよ?」と聞いてみたら、その女の子は納得したのか、大声でこう答えたのでした。

 

「私、その部分は男の人の金玉だから光らせているのかと思っていました!」

 

 乙女が人目を憚らずに大声で発する「金玉」という台詞。もうこのシチュエーション、マニアにゃたまらんでしょうね。しかしながら、僕はつくづく思いましたね。天然にゃかなわないわな。

 

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「HINOMARU」という曲の見せつける、この国の愛国の限界

 こんにちは。

 

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 本日のテーマは映画「君の名は。」の主題歌も務めている「RADWINMPS(ラッドウィンプス)」の新曲「HINOMARU」。この曲の歌詞が「ひどく右傾化したもの」として物議をかもしているそうな。どんな歌詞なのかを細かく引用したりするとまたJASRACがうるせーので、概要を紹介。

 

古来より風にたなびく旗(日本の国旗)
意味もなく込み上げてくる、僕のこの思い。
胸に手を当ててみると血潮が高鳴り、

その高鳴りに誇りを感じる。
さぁ行こう!日出づるこの国の下に。

 

HINOMARU

http://j-lyric.net/artist/a04ac97/l0469f5.html

 

 だいたいこんな感じ。この歌が戦前の軍歌を想起させるという理由で、RADWIMPSのライブ会場で抗議集会を行おう!とかいう呼びかけもツイッターで行われたことで、ちょっとした騒ぎになりました。

 

www.j-cast.com

 

 なに?いつもの僕のブログの論調から「抗議集会に賛成だろう?」って?いいえ。むしろやめておけ。と思っていますよ。どうせ大声で反対を叫んだって届かないから。先日も同じ理由から話題になったゆずの「ガイコクジンノトモダチ」という歌について思っていることを書いたけど、こういう「国旗」みたいなシンボルを使ったメッセージってすごく分かりやすい。そのためいくら抗議をしたところでライブに来ている客には「自分の生まれたこの国を愛することは当たり前だ。どこが問題なんだ?バカじゃないのかお前ら」と言われたら反論できません。僕だってできないわ。今、大事なのはこの曲をRADWIMPS歌わせないようにすることではなく、「国旗」などのシンボルに頼る、分かりやすい愛国の危うさや脆弱さなどを時間をかけてでも語り、伝える言葉ではないかと思うのです。その役を本来、担うべきなのはネットで「パヨク」「サヨク」と揶揄される人たちではなく寧ろ「保守」を自称している人たちなのです。

 

 保守の代表格とされる文芸評論家の江藤淳は戦後の日本を「日本人の生活に根差していた本来の伝統や文化が失われたフェイク」であるというような評価をしており、だからこそ、シンボライズされたモノに頼る愛国心を「ニセモノ」と呼び、ひどく嫌っていました。現在、この国で広く流通している「愛国心」は僕にいわせりゃまさに、生活からにじみ出る感情ではなく「国旗」などのシンボルにより煽られているニセモノでしかありません。だからこそ「自分の生まれた国を愛することは当たり前だ。どこが問題なんだ?」といった疑問に正面から答えるための言葉を構築することが遠回りだけど最も重要であり、それを保守が怠っている限りシンボルに頼った安くて弱い愛国心はこの先もこの国覆うことになるでしょう。

 

「軍歌みたいな曲を歌うな」ではなく愛国心は大いに結構。この曲の評価についてもどうこういいません。あなたがいい歌だと思っているなら、その思いは大事にしたらいい。だけどこの曲で語られている『国を愛する気持ち』というものは国旗などのシンボルがなくては成立しないような弱さがあると思います。国旗で愛国心を鼓舞するより、もっと生活に根を張って自分の人生を大切にしてみたらいかがでしょう。あなたの使う言葉や口にする食べ物、箸の上げ下げなどの風習やその風習を育むこの国の風土、あなたの立っている土地やそこにいる大事な人たちに思いを馳せて蔑ろにせず、意識を働かせていれば曲に頼らずともこの国や自分の生活を愛する気持ちが沸き起こるよ」というメッセージを届けることで、大地に丈夫な根っ子を張った思想をゆっくりでもいいから育てていくこと。メディアなどで最近増えている「日本ってすごい」という手前味噌な自画自賛や他国文化を貶める罵詈雑言はその努力を怠ったからこその結果であり、それはもう限界だということをこの国は認めるべきだろうな、と僕は思います。

 

 

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サブカルに煽られる愛国心なんてみっともないったらありゃしないわ!!

戦隊ヒーローこそ実は最もジェンダーレスであると僕は考える

こんにちは。

 

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 おとといブログで書いた記事がえらい反響っていうか罵詈雑言の評価で広まっており、なんだかなぁ、と思いながら寄せられたブクマに目を通していました。内容の評価はともかくとして、多かったのが女性レッドはいない(ちょっぴり物語の後半に女性レッドが登場したシンケンジャーを除く)、レッド=リーダーではなく物語の象徴と、わざわざ赤文字で書いてやってるのに「シンケンジャー知らないのか?」「リーダーがレッドじゃない作品もある!」とか書いてくる人を見ていて、つくづく「本文読まずにブログのタイトルだけに反応するパブロフの犬がこんなに多けりゃ、そりゃフェイクニュースも広まるわな」と、思わされました。このセンテンス、とても大事なので強調する。

 

「本文読まずブログのタイトルだけに反応するパブロフの犬がこんな多けりゃ、そりゃフェイクニュースも広まるわな」

 

 まぁ犬だからこそ同じセリフを吠え続けるんだろうけども。さて本題。このブログは別に論文でもないので自分の私見をつらつら書いていますが戦隊ヒーロー(5人戦隊で育っているので馴染まないな)は最もジェンダーレスな存在であるというのは僕の見解です。原則として戦隊のメンバーは全員同じスタイル。(キャラ固有のヘルメットのフォルムやカラー、女性メンバー特有のスカートの有無などの違いを除く)。そのベーシックなスタイルだけを見てみると、そこに性差はあまり感じません。これはどうしてかというと、戦隊モノのコンセプトが、あくまで「集団」だからだと僕は考えます。コンセプトのテーマが集団であり、いってみればメンバーの集合体そのものが主人公であるなら、集団の象徴(レッド)を女性キャラに担わせることだって可能じゃないのか、といっています。メンバーの比率が全作品を通じてだいたい男女で3:2前後だったら(くどいけど例外はある)男の子だけじゃなく女の子にも広く訴求できる作品を作れるんじゃないですか?という提案です。なんだか知らないけれど女性レッドを作るべき!とか、俺はそんなこといってねーっつーの。リーダーや司令官が女性の作品も過去にあるというの批判もえらいピントが外れている。僕が何度もいってるのは集団の象徴。つまり「女性メンバーはAKB48でいうところのリーダー高橋みなみではなくて、センターの前田敦子になれないのだろうか?」という問いかけであり、そこに金脈はあるんじゃないの?という話を何度もしているだけ。

 

 あとこういうのも多かった。「女をレッドにするならプリキュアに男がいるべき」。いっておきますけど、プリキュアは80年代の魔法少女の系譜にある物語です。

 

arrow1953.hatenablog.com

 

以下、記事を引用。

 

セーラームーンというマンガはどのジャンルに属するのかを考えた時、おそらく「バトル系」でなくて「魔法少女系」ではないだろうか?と僕は考えています。 日本のサブカルで「魔法少女」をテーマとするアニメ、マンガ作品は横山光輝の 「魔法使いサリー」がこのジャンルの最初であり、この後「魔女っ子メグちゃん」や「魔女っ子チックル」、「魔法少女ララベル」等の系譜で受け継がれていきます。彼女たちは自らの万能な魔法を使って、周囲のトラブルを解決したりするけど、80年代以降にこの万能な魔法を使う女の子は少なくなっていき、代わりに台頭してきたのは 「魔法のプリンセスミンキーモモ」、「クリィーミーマミ」「ペルシャ」「マジカルエミ」などアイテムを使う事で自分が大人の専門職になり、自分自身の職業スキルでトラブル解決にあたるタイプの主人公達でした。例えば周囲にけが人がいたら看護師に変身をして人助けをしたり、自宅の近くで喧嘩があったら女性警官に変身してトラブルの解決を図ったりなどなど。 だけどもこれって魔法少女とはいわないんじゃないのだろうか?サリーちゃんみたいな万能魔法を使ったほうが合理的だし、百歩譲って変身だったらウルトラマン仮面ライダーみたいな万能の力を持ったヒロインになるべきだろう。 長年こういったことを、フェミニズムの視点で考えてきたけどふと気づきました。これらのアニメが放映された「80年代」の日本はバブルによる好景気。もちろん格差はあっただろうけど男女ともに相応のお金を手にできて、自由に使える環境が整っていた時代でもありました。働く事によって女性もそれなりのお金を手にして自由に生きる=大人になって自立をする。つまり、この時代の女の子にとって万能の力を得るという事は自立した大人になること。だからこそいきなり大人になれるという事が、物語の主人公達にとって最高の魔法だったんではと思うのです。 セーラームーンの戦士達は地球を狙う悪と戦うヒロインでありながら、変身スタイルはクリーミィーマミ達と同じく着せ替えです。ここにセーラームーンが80年代魔法少女の正当な後継者である根拠を見出すことができるのでは?と僕は考えます。セーラームーンたちは変身の際に、「○○○○○○(自分の守護星。木星や金星など)パワー」と叫んだ後「変身」じゃなく、「メイクアップ(化粧)」とセリフを続けて変身を完了させる。これは女の子にとって「闘いを挑む(問題の解決にあたる)」ための手段は「自分にメイクをして大人になる事」だということを暗喩しているんでは?という解釈もできるのです。補足になりますけど、ドレスアップやメイクアップの魔法を使う魔女っ子の系譜は現在もリリカルなのはまどかマギカプリキュアに続いています。どの作品でも、ポイントになるのは姿格好の変身によって少女は大人としての自分を獲得して、物語で困難に立ち向かっていくという点にあります。 さて、では男の子はどうでしょう?男の子の場合の変身は「人知を超えたモノへの融合」です。ウルトラマンと融合したハヤタのように。仮面ライダーに改造された本郷猛のように。男の子にとって変身は「超自然的な力と自らを融合させる事で超人となる」ことを意味します。その事について具体的に言及したのは漫画家の石ノ森章太郎先生です。石ノ森先生は仮面ライダーについてこう言及していました。 「『ショッカー』とは、企んだ技術文明の象徴である。その技術の付加によって誕生するのが「仮面ライダー」だ。後には自然の守護神(平和の戦士)になるが、言うなれば“技術文明の申し子”あるいは鬼っ子のモンスターである。したがって、こうなる。自然(バッタによる象徴)が直接人類(文明の象徴)に反旗を翻すのではなく「仮面ライダー」(バッタと人類のハーフ)、即ち自然と人間が協力して“悪”に立ち向う……。」

特撮ヒーローとセーラームーンにみる変身の違いを考える - サブカル 語る。

 

  これは2年前に書いた記事ですが、女の子にとっての変身とは原則的に「大人への成熟」であり、男の子にとっての変身とは「人知を超えた力との融合による超人になること」といったジェンダーが内包されていると解釈をしています。プリキュアウルトラマン仮面ライダー、戦隊ヒーローとを並べた際、変身の意味合いは男の子側でありながらも男女が一定の割合に含まれており、個性を排したスーツを身につけるという意味で、戦隊ヒーローは「ジェンダーレス」な存在であるといえます。それこそ、女性のイメージの強い赤を男性キャラに配したという意味においても。プリキュアのエピソードから女性の戦隊ヒーローについて考えたのはいってみれば「女子高に通う一人の少女から、共学の学校における一人の少女について考えた」のと同じであり、先述の意見は「共学の少女を学校の象徴にしたから女子高も男子を入学させて象徴にしろ」といっているのと同義であると僕には思えてなりません。女子高に例えたプリキュアに対比して話すなら、ウルトラマン仮面ライダーの世界観はさしずめ男子校になります。前述した仮定により、両者には女性ウルトラマンと女性のライダーは存在しますが、変身の価値観が異なるため、おそらく異性のキャラはメインストリームにはなりません。そういや少女が魔法で青年になる「魔法少女・俺」という作品もありましたけど、同じ理由で亜流に留まると僕は思う。

 

 いっておくけど、あくまで私見だからね。何度もいうけどジェンダーレスなヒーローだからこそ女性=物語の象徴になれる可能性を秘めているのが戦隊ヒーローです。実現可能かどうかはともかく、考慮の余地はある筈。別に、この意見に同意しようと反発しようと、お好きにどうぞ。

 

 


 

 


 

 

 

 

5人戦隊モノの特撮で、今までレッドを女性が務めていないのがこの国の限界

こんにちは。

 本日も混雑の激しい中央線や山手線を乗り継いで、会社に向かうところです。週末の土日には、たいてい妻と子どもの3人で家の中でゴロゴロしたり、遊んだり電車で買物に出かけたりして時間を過ごしたりしていますが、雨の日にはもっぱらテレビ。土曜のウルトラマンや日曜のプリキュア仮面ライダー、戦隊モノの特撮をヘビーローテーションで鑑賞していたりします。

 その中でちょっと注目しているのが、現在放映中の「Hugっと!プリキュア」と「怪盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー」。

 

www.toei-anim.co.jp

 

www.toei.co.jp

 この「ルパンレンジャーVSパトレンジャー」は作品のタイトルを見て分かるとおり、本編に2つの戦隊が登場。お互い怪盗と警察という交わることのない立場にいながらも共通の敵となる組織があり、2つの戦隊は「対立」しながらも時に「共闘」することで
巨悪に挑む。という構成になっています。従来の戦隊モノになかったこの構図は結構、多くの子どもやファンなどにもウケているみたいで「5人戦隊モノ」の新機軸として、おおむね評価も高いそうな。

 

 そこで話は前後しますが、先日話題になったプリキュアのあるエピソード。

www.huffingtonpost.jp

 記事の副題に「ジェンダーの多様性に切り込んだ歴史に残る回」とあります。どんなエピソードだったのかはリンク先の記事を引用で紹介。

"「はぐプリ」は、中学生の女の子・野乃はな達が、不思議な赤ちゃん「はぐたん」を守るため、そして世界の未来を守るために、伝説の戦士「プリキュア」に変身して悪に立ち向かっていくストーリーだ。そんな「はぐプリ」の19話(6月10日放送)でのキャラクターの発言が、Twitter上で「ジェンダーに切り込んでいる」と反響を呼んでいる。(中略)

 19話では、主人公・野乃はなの妹の同級生・愛崎えみるが、新進気鋭のデザイナー吉見リタ氏からギターの腕を買われてファッションショー出演のオファーを受けるところから始まる。ショーのテーマは「女の子もヒーローになれる!」だ。

 えみるは、ヒーローに憧れる、エレキギターが好きな女の子。だが、いまいち自分に自信が持てず、心配性も相まってオファーを受けることを渋っていた。ギターも兄・正人に「女の子らしくないし、家風に合わない」と反対されている。そして正人は、同じくファッションショーでモデルを務める同級生の男子、若宮アンリにも、敵意を向けていた。アニメの中ではネクタイをリボンのように結んでいたアンリに向かって「女子みたいだよ、君の格好。男子の中で浮いているのが心配なんだ」とからかい、ショーのテーマに反発して、えみるに「自分の考える理想の女子像」を押し付ける"

 

 こういった「男子、女子はかくあるべき」という価値観によって妹のえみるを委縮させ、同級生を笑う正人を見て「プリキュア」のはなは「誰の心にもヒーローはいる。人の心を縛るな!」と怒鳴りつけるのです。記事にあるとおり、えみるは「プリキュア」に憧れており、自分もプリキュアになりたい!と願う少女。今回、このヒーローになりたいというえみるを見ていて、ふと僕は作品の世界観こそ違えど、長年ヒーローとして戦い続けている「5人戦隊モノの女性」についてこう思ったのです。

 

 「今年で40数本目になる戦隊モノで、どうして女性が作品の中心であるレッドを通年で務めているシリーズってないんだろう?」と(作品の後半でちらっと女性レッドが出たシンケンジャーは例外)。これだけ女性の社会進出が話題になっており、こういった社会の世相に敏感な筈のサブカルが「戦隊の象徴を担うレッド」の作品を誕生させていないのは何故なのか?あ、ちなみに、女の子がリーダーを務めているロボットアニメは1976年にタツノコプロが制作をしています。

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©タツノコプロ

ゴワッパー5 ゴーダム - Wikipedia

 

corp.toei-anim.co.jp

 

 対立する2つの戦隊っていうのも確かに新機軸なんだけど、上記リンクにもある通りプリキュアの「女の子も暴れたい」という企画コンセプトが多くの支持を受けて今年で15周年。だったら戦隊モノだって「女性レッド」はアリだろ?と僕は思うし、先述のシンケンジャーで期間限定であっても女性のレッドを登場させた実績もあるんだから、5人戦隊モノで新しいことを!と考えたんだったら順序的にこっちが先なんじゃねーのか?といいたい。この女性レッドを実現できるかどうかこそが、この国での将来的なジェンダーのありかたを左右すると思う。 

 

  


 

※40年も前に女性リーダーのロボットアニメを作っていたタツノコプロの先見性をほめるべき。後、思ったとおり、現在この記事には「女性レッドなんて売れない」だの、「子ども向けの番組にジェンダー教育を絡めるな」だの否定的なブクマが集まっています。この国の限界って僕がいってるのはまさにそこ。戦隊ヒーローの象徴は、女性では成立しないものなのか?という発想や思考さえできない僕や周囲の固定概念を指して「この国の限界」って僕は言ってるの。分かる?

 

※以下のリンクが、この話題の本質。

 

 

体育会だった経験から「体育会バカ」にならない思考術を語る

こんにちは。

 

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 本日のブログのテーマは「体育会」。この数日、日大アメフト部の反則事件が世間を騒がせております。

president.jp

 

 この騒ぎを報道で知って「スポーツマンシップはどこに行ったんだ!」と憤り、嘆いていらっしゃる方もおられるでしょうけれど、学生の頃に体育会だった僕からいわせりゃ「今さら、何いってるの?体育会にいる奴らはバカの巣窟なんだから暴力や年代別の権力の横暴なんて当たり前。大学に入ったら体育会なんて関わるのはやめろ。単なる時間の浪費なだけでなく、バカになるぞ」と本音をいいたくなります。

 

 先述しましたが僕自身、大学時代は合気道部でバリバリの体育会でした。この体育会という組織は総会には全員学ランの着用必須、会議中に部の旗をずっと掲げなきゃいけないとか、誰が見てもアホで非合理的ともいえる行為を強制されるプチ軍隊みたいなバカの集団。体育会の幹部は何かにつけて、偉そうに「体育会の自覚」という思考停止の極みみたいなフレーズを連呼してふんぞり返ってやがる。そんな連中を見ていて「こりゃ合気道部がカウンターカルチャーにならなきゃいけないな。意識改革が必要だな」と思っていた僕は3年で主将になったと同時に、今後の合気道部の目指すべき方向性を示した「体育会系文化会」というキャッチコピーを作ったのです。 

 当時の合気道部は1年~4年を含めても、せいぜい10人。そのために上下関係もあったけど、どちらかというと僕が入部した時から大学の運動部というより中小企業をみんなで切り盛りする親方と社員のような空気でとても仲がよかったので、どうせだったら先輩と後輩の関係も乗り越えちまおうぜ!という想いを込めて作ったコピーでした。そして僕が後輩に求めたのはこの3つ。

 

①常に考えろ!思考を鍛えろ!先輩の意見が正しいと思うな
②稽古に上下なんてない。相手を尊重して、たのしくやろう!
③遊べ!ふざけろ!学生期間というモラトリアムを大事に

 

 こんなことを表立っていっていたからまぁ、他の部の主将や体育会本部の役員達には変な目で見られてましたね。その中でも最も重要視したのは①。先輩や周囲の言うことを「絶対」と教える体質に染まった部員というのはほんとうにかわいそうです。だから僕が率先して「体育会の常識」ってやつを、どう壊そうかと?いつも考えていました。

「腕立て100回、腹筋100回、背筋100回を各自、毎日イメトレで実践!」と後輩たちに課して全員から「バカ」という罵声を浴びたり。部室にプレステやセガサターンを持ち込み、100人組手と称してゲームの「鉄拳」や「バーチャファイター」で遊びまくったり。稽古は稽古でまじめにやりながらもおふざけを前面に押し出した部活。後輩からの愛ある「バカ」という罵声も心地いいもんでした。このおふざけの極めつけは体育会の会長ほか各部主将たちがそろって発言をする体育会総会。皆でまた「体育会の自覚」を連呼するため、頭にきた僕は「体育会の自覚ってやつより、僕や皆さんは親御さんからのお金で学生生活を送っている『脛かじり』という立場であり、そのうえで体育会ごっこで遊んでいることをもっと自覚するべきだろう」っていってやったら、会長が怒りで震えてやんの。

 今はすっかり会社員になった僕も、まだその精神を捨てていません。今も「問題児」扱いされながらもどうにか社会人やっています。だけど。今回の日大の件や昨今の日本の抱えている諸問題を振り返って考えるとやはり、こういう批判精神っていうか現在に対して常に疑問を抱き続ける「思考」って大事だなと思う。

 

 

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※体育会のマインドって結局のところ、一人だけで立てない弱い人間を輩出するだけなんだよな。以下の記事はぜひ多くの人が読むべき。

headlines.yahoo.co.jp

 

 

AI女子高生のりんなより20年先を進んでいた、セガ「メールチャム」について

こんにちは。

 

 本日のテーマはAIの女子。

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AI女子高生りんな(Webサイトより)

www.rinna.jp

 

 このAI女子高生「りんな」は何かっていうと、マイクロソフトが開発した人工知能女子高生。ツイッターやLINEなどのフォロワーになり、話しかけてみると「女子高生風」のレスポンスをくれるそうな。おもしろそうだったのでさっそく、僕もフォロワーになってみました。りんなはどんなメッセージ質問に反応するのかなどについては幾つか試してみたあと、後日ブログでまとめようかと思っているんだけど、技術の進歩っていうのはすげーもんだなと驚かされています。

 

りんな (人工知能) - Wikipedia

 

www.itmedia.co.jp

 

 さらに、この上記リンクの記事によると「りんなのAIがユーザーとの会話をふまえ、どんな返答をすると自然に会話を続けられるか判断できる」のだそうな。だけどここで「AI女子高生か。すげー時代だなー」なんていって驚くのはまだ早い。このりんなの20年前に、あのゲームメーカー「セガ」がりんなみたく架空のキャラを相手にした「メールチャム」というメールチャットサービスを行っていたのを知ってました?

 

メールチャム - Wikipedia

 

 電話回線を使って通信対戦やゲーム購入、ネット接続などを可能にしたハード機「ドリームキャスト」の専用ページに行き、女の子を選んでメールでメッセージを送ると、数日後にはその内容に応じて返事をくれるというサービスが、20世紀にはもう家庭用ゲーム機によって行われていたのです。そのメールチャムのメッセージ精度がどの程度かを試そうと思って僕もそのバーチャルの女の子にめちゃくちゃマイナーなヨーロッパ映画の感想を書いてみたところ、それなりに適切なレスポンスメールが来たので驚かされたことがありました。バーチャルといいながら、メールを書いていたのはどっかのバイトとかではないだろうか?と思ったりもしたもんですけれど、それを今となっては確かめる術はありません。実をいうとこの頃の僕は常識とはかけ離れた手ひどい失恋を味わっていたため軽い人間不信になっており、この架空のキャラたちとのメールで気を紛らわせていたというのは、 大声では言えない思い出。

 さすがにその頃はまだ、ネットの環境もプアな時代。googleで検索をかけても、ロクな資料を探せませんでした。なので、今回はこのメールチャムについて情報提供を広く呼びかけるためにこの記事を書いております。当時、メールチャムで遊んだ経験がありその時の資料などがありましたら、ぜひとも情報をお寄せ下さいませ。ってなところで本日はこれにて。

 

 

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※もしもドリームキャストの「メールチャム」サービスが今も続いていたら、あらためて「ラブレター」を書いてみたい。

 

 

arrow1953.hatenablog.com

 会社としてはクズだけども技術力はすごい

 

 ブログで述べたひどい失恋体験について興味ある人は以下のリンクで。

arrow1953.hatenablog.com

 

 

 

今週のお題「あの人へラブレター」