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サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

「刃牙」作者の板垣センセと武道の達人の会話、僕の合気道経験から「実戦」を考える

こんにちは

 

先日のことですが、ネットで自称「合気道の達人」対若手格闘家の異種格闘技戦が話題になっていました。この対戦は合気道の達人の惨敗。戦いの結果を受け、だいたい以下の感想がネットに溢れています。

①60歳で試合に挑むのが無謀
合気道って強くない
③武道はそもそも実戦性に乏しい

 

皆さん好き勝手いっているみたいですけど、合気道六段で、とある自治体の合気道会で師範を務める父に物心ついた時から道着を着せられて合気道の技を叩き込まれている僕にいわせりゃ合気道、武道は「溺れる者が最後に掴む藁」でありそもそも試合に
出るなどアホの極みでしかありません。だって合気道は護身術なんだから。

※僕の合気道歴は30数年だけども、ブランクも長いため現在初段どまり。

日常で暴力に巻き込まれそうになった時は、ひたすら逃げる。逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて逃げまくっても暴力が追ってきてどうにもならなくなった時にすがる最後の手段こそ武道であるというのが。僕と父の考えです。この考えを「武道経験者のくせに情けない!」と思うかどうかについては読者に任せますが、少なくても武道にまじめに取り組んだ事のある人だったら「うん。その通り」と頷いてもらえるでしょう。

今回のこの試合結果について、おそらく皆さんは2つの感想を抱いた事と思います。

合気道云々ではなく、挑戦者が弱かった
合気道って実戦的じゃない 

僕はそのどちらとも違い、 

合気道は実戦的かどうかじゃなく、そもそも試合に向いてないと考えています。ここでこの本を紹介しましょう。 

板垣恵介の格闘士列伝

 

この本は人気漫画「グラップラー刃牙」シリーズ作者であり、学生の頃に少林寺拳法を学んだだけでなく卒業後、自衛隊員に入隊。その後アマチュアボクシングで国体に出場などの経験も持つ地上最強の漫画家板垣センセがボクシング、空手、少林寺拳法、中国拳法、総合格闘技、プロレス、合気道などの格闘技や武道などについて語ったエッセイ本です。 この本によると板垣センセは漫画の登場人物でも人気のある合気の達人、渋川剛気のモデル、塩田剛三に直接会った事もあったとのこと。

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そのきっかけとなったのは板垣センセの知人。この知人が合気道を始めると聞いた時、当時の板垣センセはまだ合気道に対して疑問や偏見を持っていたそうな。だけどもその知人が稽古でボロボロになりながら塩田先生の技に心酔しているのを見ているうちに興味がわき、実際に技を生で見てみたくなって道場を訪問。ぜひ、技を見せてほしいと直接お願いしたところ、塩田先生は気軽に「いいよ」と快諾。板垣センセは道場で高段者相手に次々技を極めているところを目の当たりにしてこれはやらせじゃない!「この人を達人といわずに、誰を達人と呼べるんだろう!?」と心底、感嘆させられたそうな。ただ、板垣センセは塩田先生についてこうもいっています。
「達人とはいえども塩田先生がK-1やPRIDEなどに出ても勝てるとは思わない。ただ路上の喧嘩みたいなルールの無い戦いでは何をやってくるのか分からないすごみがあって、心底『恐いな、この爺さん』と何度も思わされた。ルールの下に『ヨーイドン』の合図で相手と技術を競う格闘技と、ルールのない戦闘で自らの身を守るために戦う武道。同じ強さを求める技術でも根本的に異なるこの2つを比べているうちに『最強』という概念がわからなくなってしまった」

現在、この本が手元にないので正確な引用ではないけどこんな話でした。

んでもって、この話には後日談もあったりするんです。板垣センセは中国で拳法を学び、師匠の許可をもらって日本で「大気拳」を創設した中国拳法の達人、澤井健一先生のお弟子さんと軽くスパーリングを行う機会を得たのだけど、そこで子ども扱いをされてボコボコにされたそうな。板垣センセ自身も少林寺拳法の有段者であり、ボクシングで国体出場などの経験から腕にはそこそこ覚えもあったんだけど、そのお弟子さんにはまったく敵わなくて心がポッキリ折れたとのこと。そのスパーリングの傷も癒えぬ間に塩田先生に会った時、「板垣さんコレやったな?」と塩田先生は拳を固めて見せたので、それに板垣センセが頷き、大気拳の道場でひどい目にあったことを伝えると「大気拳?あぁ、知ってる知ってる。あそこでやられたのか」と狂気じみた高笑い。そのコワイ笑いがなんだか嬉しくてつられて笑ったそうだけど数日後、塩田先生のお弟子さんが塩田先生から板垣センセに伝言を預かっていると言うので話を聞いてみると 

「もう止めておきな」

「その程度で済んでよかったと思いな」と板垣センセに強くクギを指す内容だったそうな。それは同時に 「もしも俺のところに遊び半分で来たらそんなモンじゃ済まさない」というメッセージでもあったのだろうな。と板垣センセは受け取ったとのことでした。何度も戦闘の場で修羅場をくぐってきた達人のメッセージは重かったことでしょう。

今回の試合で怪我をした60歳の達人が、本当に強いか弱いか勇気があるのかどうかについてどうのこうのいうつもりもありません。また、この達人の敗北が合気道を貶めたとも思いません。ただ 「その程度で済んでよかったと思いな」という言葉が頭をよぎるだけ。

さて。

上記の話はあくまで「試合」=「実戦」という観点から武道について考えて話を進めてきました。ここであらためて武道というものについて自分なりに考えを深めていきたいと思います。

武道といっても、その技術や種類は「空手」「合気道」「テコンドー」「柔道」「拳法」「剣道」など多岐にわたるため、実戦といってもその考え方はそれぞれ異なります。「競技」として相手と競えるものであったら「試合に勝つ」=実戦だけど試合をやらない合気道とか古流柔術などの護身術はどう考えたらいいか。そもそも武道って、いったい何なのか?武道の関係者、経験者だったら誰でも考えるテーマでしょう。

ここで、また本を紹介

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これは格闘技マンガ「グラップラー刃牙」作者の板垣センセが現在の日本において「達人」の異名で知られている武道家にインタビューを行い、その話を収録した対談集です。空手、拳法などの分野で戦闘技術の頂点を極めた人たちの語る「実戦」は、どれだけロマンに満ちているのかと思っていた僕はこの本を読んでいて頭を強く殴られました。

板垣センセは武道の達人たちの技を目の当たりにしたり、実際にその多くの技の威力を体験。通常の打撃以上の威力を相手に与えることのできる中国拳法の技術、発勁(はっけい)を防具の上から受けて吹っ飛ばされたり、忍術マスターとして日本だけでなく、広く海外の警察や軍隊でもその技術を伝えている現代の忍者として知られる初見良昭先生の手裏剣術を見せてもらったりした後で、「この技術を習得できたらもうコワイものなしじゃないのか?」という質問を達人たちになげかけますが、それをこぞって達人たちはこんなふうに否定。

今、手本として相手に技を使うのと実戦で使うのは別である。実際の戦闘で、自分の技が相手に通用する保証はない。

中国拳法の達人は「発勁だって相手が動かない前提で手本をお見せしているけど、実際の戦闘だったら相手だって動き回るので、そんなうまく技が決まるとは思えない」と語ったり、忍術マスターの初見先生は「投げた手裏剣が敵に刺さっても、傷の痛みを堪えて相手は自分を襲ってくるのを止めないことだってありうる。手裏剣で相手を倒せないことを想像して投げた後は次の手を考える。相手が怯んだところを狙って膝蹴りをかますなど、その先を考えていなくてはダメ」と板垣センセに語ります。

※この本が手元にないので、だいたいこういう話だったという引用。

僕らはフィクションで「奥義」「必殺技」という絶対的な威力をほこる技がある。というイメージをなんとなく持っているけど、こんなふうに「そんなものは存在しない」と武道の達人たちは口を揃えるのです。では武道とはいったい何か?その問いに中国拳法の達人は、こう答えていました。

武道というものは戦闘で自らのリスクを減らして、相手より有利に立つ技術である。

自分のリスクを軽減させるという事を考えてみた場合、ケンカなどに巻き込まれたらなるべく戦闘をさけるのが得策。戦闘を避けきれなかったら戦う以外にないけど、相手より有利な立場になりたかったら手に武器を持つべきなので周囲で武器になりそうなものを探す。自分の技術は過信しない。実戦で技を使わなけりゃいけない場合には、相手に通じないケースを想定して、常に二の手、三の手を考えておく。表現に違いはあれども、どの武道の達人も同じような見解であり、徹底的な現実主義だったことに僕は驚きました。ちなみに極真空手の世界大会で優勝経験を持っている「数見肇」という超一流の格闘家がその技術に感嘆して弟子入りしたという伝統派空手の達人は「格闘技経験の豊富な腕自慢の人なんかより、手にナイフを持っている素人の方が怖い。錯乱状態で何をやってくるかまったく分からず話も通じない。そういう人のほうが正直言ってこわい」といったようなことを語っていたけど、実際にそうだろうなと思います。

この話を踏まえながら先日、週刊少年ジャンプの「火ノ丸相撲」を読んでいるうちに団体戦で反則ギリギリの駆け引きを行ったライバル校相撲部の副部長「真田」に僕は親近感を抱きました。

主人公が所属している相撲部は、全国大会の団体戦で県代表の座を手にするためにライバル校と県大会を戦っており、現在は決勝戦中。戦績は先鋒〜中堅戦を終えて1勝2敗で相手校リードの中、ライバル校で副将を務める「真田」は自分たちの勝利を盤石なものにするため立ち会いの直前、主人公チームの副将「小関」に対してわざとぶちかましを浴びせます。合図前だったために仕切り直しとなりましたが、真田の狙いは極限まで集中力を高めた小関に尻餅をつかせて「負け」を意識させることでした。この真田の行為は「格闘技」としての相撲と「武道」としての相撲を両立させるという観点で考えてみると非常に合理的な手段です。相撲は確かに「武道」だけど、二人の競技者が同じ土俵に立ち、審判の合図で両者が同時に競う「格闘技」でもある。ルールのある「格闘技」として考えたら純粋な技を競い合う場でこういった駆け引きはスポーツマンシップとは言いがたい「卑怯」な作戦だけども「武道」として考えたらどうなんだろうか?「武道」が達人たちのいうとおり戦闘で自らのリスクを減らして、相手より有利に立つ技術であるとしたら、こういう卑怯さも技であり、且つ武道的な振る舞いなのです。

競技場という同じフィールドの中で相手に勝利するための技術が格闘技であり、自分のリスクを減らすため相手を不利に、自分自身を有利な環境に置くための技術や心構えが武道。この両者、やっぱり似て非なるものなんだとつくづく思いました。

あ。火の丸相撲と合気道の話をしてきたので、ここで雑学として実戦性に乏しいなどと言われる合気道を学んだことで強くなった力士がいたことも紹介しておきましょう。この火ノ丸相撲には合気道の捌きを活かす事で全国大会常連の強豪校レギュラーとなった高校生力士が登場します。この漫画の読者には、こう思う人も多いでしょう。合気道を使う力士?そんなの所詮漫画の話だろ?合気道って弱いじゃん!」

実際、最初に書いた通り自称「合気道の達人」なる人が他流試合であっさり敗北などしており、その姿はネットでもかなり叩かれていました。だけど、合気道を学んだ事をきっかけに強くなった力士は実際います。

 黒瀬川國行 - Wikipedia

1970年〜1980年代の力士です。

この黒瀬川、入門当時からなかなか勝てずに10年間、幕下に甘んじていました。もう、コレ以上相撲を続けていても自分はダメだろうと思い悩みながら力士の廃業を考えた頃に、合気道開祖「植芝盛平」の高弟「藤平光一」先生に会うことに。藤平先生は黒瀬川にこういったそうな。

横綱は数も少ないのでなるのも大変だけども三役ぐらいだったらなれるよ」。その話を聞いて「このおっさんアホか?」と思ったそうな。そりゃ、そうでしょう。十両にもなれない自分が関取なんてなれるはずもない。まして雲上人である「三役」なんてもう夢のまた夢である。そう思いながら、黒瀬川は藤平先生の道場に通う事となりました。道場にいたのは力士体型と程遠い、普通の体型のお弟子さんたち。黒瀬川は藤平先生に言われて、そのお弟子さんの身体を思いっきり押してはみるものの、お弟子さんたちをまったく微動だにさせられない。逆に、そのお弟子さんたちにあっさり投げ返されたことで「ここの道場のお弟子さんは、みんな十両以上ですね」と驚嘆。その驚き体験から専門家である自分も道場で稽古を積めば強くなれるかもと考えを改め、指導をうけたそうな。

藤平先生は身体の力(力む感覚を伴った力)の抜き方、合気道でいう力を意図的に抜いた「脱力状態」での力を出す技術、その威力についてを徹底的に指導。それを学んだ黒瀬川は取組でも勝てるようになり、「小結」に昇進を果たしました。この黒瀬川の、三役への昇進を当時の相撲ファンは奇跡と語っていたそうです。

小結を務めたのはトータルで2場所のみでしたけれども大相撲はそもそも、一人前とされている「十両」になれる力士もひと握り。そんな中でこの成績は10年も芽が出ず廃業を考えていた力士の経歴としてはもう、申し分ないどころじゃなく大成功!といえる立派なものじゃないでしょうか。

実はこのエピソードについては後日談もありまして。晴れて入幕となった黒瀬川はある日、藤平先生と直接稽古をすることに。本気で来なさいと笑顔で促す藤平先生に対峙した黒瀬川は力士である自分との体格差に「いくら先生が達人でも自分が本気で挑んだらどうなる事やら」とと躊躇をしていたそうです。だけども「大丈夫、大丈夫!」と笑顔で藤平先生がいうので「もうどうなっても知りませんよ!」と心を決めて本気で突進。次の瞬間に気づいたら、黒瀬川は畳の上をコロコロ転がっており、自分がなにをされたか分からなくて首を傾げていたそうな。

合気道が実戦(格闘技的闘争)で強いか弱いかは別としても、その技術については侮れない。。そう思っていただけたらと思いながら本日のブログこれにて!!

  

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※藤平先生の語る「気」っていうのは抽象的だけど実は生理学、物理学で説明できるというのが僕の理解。幾つか試してみて、その技術の凄さに改めて驚きでした。

 

 

※暴力とは自分のエゴを相手に通す手段であるが、そのエゴを相手に訴え、断る事をできないように差し向ける手段という意味で「土下座は最強の暴力」と語る、板垣センセの常人の斜め上を行く発想、僕は好きだ!

 

 

 

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