サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

蓮舫応援動画に見える「伝えることを諦めた言葉」について。

こんにちは。

 

 先日のブログの続きになります。

 

arrow1953.hatenablog.com

 

  前回のブログで僕は「無党派層というのは支持政党がない人、持てない人ではなくて支持政党そのものをいらないと考えている人たち。といっても無党派層は政治にまったく無関心ではなく、自らの生活に政治がつながりを持った時に行動を起こせる人たち」という考えを述べさせてもらいました。だからこそ候補者は現在・未来の政治が有権者の生活に直結するものだ!というビジョンをに見せなきゃ選挙で勝てるはずもありません。今回、たまたま職場の最寄り駅近くに蓮舫さんが来ており、演説を聞かせてもらったのですが今までの都政を全否定!ではなく「自分だったら現職よりもさらによりよい都政を行える」と訴えるもので僕の中では好感触でした。家路につく中で「現職の強さを考えると勝ち負けは分からないけど頑張って貰いたいな」と演説を思い返して素直に思えたのです。

 

 でも、数日後。蓮舫さんを応援するという「勝手連」みたいな人の呟きがツイッターで流れてきたのを目にしていたら、正直どうでもよくなりました。ここでは武士の情けで直接リンクを張りませんけど、現職を東京音頭の替え歌で貶す動画が出ており「若者による都政を変えようアクション!拡散希望」とあったけど、その閉塞性にウンザリさせらて「マジで投票を辞めよっかな?」とも思いました。

 同時にこの閉塞的な動画にデジャヴみたいなものを抱き、それは何だったのかを思いだすと、以前僕が多摩地域で発行するタウン新聞のライターだった頃に取材した「九条を守る会」の集会の光景に重なったのです。僕は原則的に「護憲派」であり、会の主張には同意しています。ただその集会で有識者が講演を行った後、会のメンバーが10分前後の演劇を披露したものの、その演劇がもう、ひどいひどい。憲法改正で日本も徴兵制になり、若い人が戦争へ…みたいな内容でそこはまぁそういう物語になるだろうね。とは思うけど演技や歌のヘタさ、テンポのひどさなど「演劇舐め腐ってんじゃねぇ!」と怒鳴りたくなるくらいです。それでも演じる人、見る人は全員マジメな表情。そんなマジメだけども酷い光景を見ながら「この人他ち本気で護憲派を増やす気はあるのか?」「それにしてはあまりに内向きだな」と、考え込んだのを覚えています。今回の蓮舫さん応援の動画と、九条の会の演劇。この両者の共通点はなんなのかを考えると、ある推測が見えてきます。それはとてもいいにくいけど、「両者は自分らの主張が大多数になることをどこかで諦めている」のではないか?そして自分たちは少数派のため孤立しがちであり、不安に抗うため自己満足な表現に走ってそれに集まる仲間を見て「自分は孤独ではない」と再確認をしたがっているだけにしか見えません。

 応援動画の呟きに対する反応を見るとその殆どが苦言でしたが、選挙に勝ちたいなら普通、その動画を削除します。苦言に溢れた動画を広めても候補者や支持者の評判が下がるだけですからね。だけどその動画の投稿者はそんな苦言にも意を介さず少数の「いいね!」にすがり続けていました。その振る舞いには選挙の候補者を当選させるという意思が感じられず、逆に候補者が落選しても自分たちのプライドを守る!という保身のみしか感じられません。以前から僕が批判する「社会性を持たないオタク」も主義主張は違えどそのメンタリティーは同類であり、今改めて考えると連中のその醜さに僕は苛立っていたのだと思います。この話、続きます!酔狂な人はお付き合い下さい。