サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

面白くないテレビの時間を減らしたら、生活が軽くなった

こんにちは

 世間ではもうそろそろ夏を抜けて秋。今年遅めの夏休みを取ろうとしたらお得意さんの都合でその夏休みの予定もパー。やさぐれている今日、この頃です。このスライドさせた休みは10月に貰える事も確定になったので、今日も怒りを堪えて電車でクライアント周り。現在も電車でちまちまスマホからブログ下書き修正中。そんな僕の近況なんて、どうでもいいか。

 

 さて本題。実は最近、このブログであるテーマを設けています。それは何かというと、普段読ませてもらっているブログについて言及して、そこから話を広げていくということ。そんでもって今回はこのブログ記事。

nikorich9.hatenablog.com

 

 そういや自分自身もロクにテレビ見てません。自分の趣味で見ている「ウルトラマンジード」と娘といっしょにみている「キラキラ☆プリキュアアラモード」、「アバローのプリンセスエレナ」、そのほかNHKの教育番組、ニュースだけで問題なし。このため恋ダンスもろくにしりませんでした。会社で同僚がいくえみ稜原作のドラマ「あなたのことはそれほど」について語っていましたけど、僕に言わせりゃ「テレビのことはそれほど・・・」といった感じです。

 

 この辺で話をもとに戻しましょう。なんでみんなテレビを見なくなったのか?という問いにこのブロガーさんは「番組コンテンツの低下」「You tuberの台頭などによる芸能人の凡庸化」などをその理由にあげています。テレビが面白くないから、みんなも見なくなった。それは確かにその通りなんですけれど、僕はまたもうひとつ大きな理由があるんじゃないか?と考えます。

 それはおそらく「みんな表現者になりたくなったからじゃないだろうか?」 僕の学生時代には「自分の内面」を発露させることのできるインフラがなかった。 あってせいぜいラジオ番組やNTTの伝言ダイヤル、コミケ程度。 ツイッターやブログ、インスタグラムがなかった時代は大多数に自分の思っていること、やってみたいことを伝える手段自体がありませんでした。 だから逆にいうと「大多数に自分を表現するためにはえらい手間がかかっていたのです。毎週1回の番組でハガキを読んでもらうため 毎週10~20枚もハガキ書いたり、漫画描いたり。

 この当時の僕らにはラジオでもコミケでもいいから自分がコレ!と決めた舞台で本気になってスターになろうとしたり、なりたいと願っていたような空気が確かにありました。だけど現在は便利になり、なにもわざわざスターにならなくてもツイッターやブログで自分の声が大多数に届いてしまう。 著名なYoutuberとなるのは大変でしょうが、そこそこの集団に「自分の存在」を発信することは極めて敷居が低くなった。そしてその叫びが届く範囲の中では、人は孤独じゃなくなります。僕の考えるテレビ番組の本質とは「暇つぶし」「話題のためのコミュニケーションツール」のふたつですが、情報を発信して暇つぶしができるだけでなく、コミュニケーションもできるんだったらそりゃ誰だって受動的な「メディアの受け手」より「メディアの発信者」になりたいよな、という話です。
  

 ただ、そこには同時に以下の危うさも潜みます。自分の声を拾ってくれた人から気が合いそうな人を選んでグループを作る。 気が合いそう=価値観が同じなので、他の価値観に対する興味を失っていく。 個人の嗜好はタコ壺みたいに細分化されていき、異なるものは交わることもない。 異なるものに触れる事がなければ好奇心も日常に求める刺激も欲することはない。 また、僕を含めたこういうインディーな表現者が多数現れた事で「情報の玉石混交」がひどくなっているという点も忘れてはなりません。情報の正誤性と質、独自性、それを公開するモラル諸々が良く言えば「雑多」で「多様」だけども悪く言えば「野放図」であり、 その負の側面がフェイクニュースみたく他人を貶めることだけを目的にした情報を広げ、差別を助長するということも起こる。これこそがこの10年間のネットをめぐる現状であり、どう克服するべきかという課題だというのが僕の認識です。僕らは情報の受け手でもあり発信者でもある。その両面のモラルを考えなくてはいけないというめんどくせー時代を生きなくてはいけない。結構、コレってシンドイよね。

 

www.pojihiguma.com

 メディアの多様化っていうか、面白くないテレビをダラダラ見る時間がもったいなく、ただ目的なしに映像と音楽を流しているのがめんどくせーっていう立場でテレビでを見なくなった僕。上記のブログのテーマ、「テレビで国民がバカになるか?」といった疑問は昭和30年代の評論家、大宅壮一の語った「一億総白痴化」論をルーツとするもので、その論拠となっているのは「テレビは受動的に映し出されてくる映像、音声を聞くだけなので想像力や思考力を低下させる」っていう指摘なんだけども、その情報の受動態でいる事に飽きちゃったのが現代。大宅壮一もこんな時代を想像できなかっただろうな。えらい時代になったなぁ、と思う。 

一億総白痴化 - Wikipedia

 

 そうこう言っている間にそろそろ目的駅。皆さんも、どうかお仕事頑張って!あと学生は思いっきり夏休み楽しんでおけ!もう、こんな長いモラトリアムねーぞ