サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

昔、ダッチワイフ。現在、ラブドール。彼女たちの展覧会が訴えるもの

こんにちは。

 本日のブログのテーマはラブドール。昔でいう「ダッチワイフ」です。ご存知の人もお世話になった人も多くいると思いますが、具体的に言うとそれは男性の「性の慰み人形。」ギャグマンガなどでネタにも使われる事も多いので、なんとなくその風貌が想像できると思います。

 

f:id:arrow1953:20160424002629j:plain

写真はウィキペディアより。

ダッチワイフ - Wikipedia

 ちなみにダッチ=(英語でオランダ)ですが、この語源は第二次世界大戦中にさかのぼります。ダッチワイフとは本来、通気性のいい竹細工の抱き枕の事を意味していました。オランダ人船員が熱帯の夜で少しでも涼むために愛用していましたが、イギリス人船員らがソレを見て抱き枕を「ダッチワイフ」と侮蔑したのがいつ頃からか、この人形の俗称になったとの事。(諸説あり)。

 話を戻しましょう。さて、このダッチワイフ。現在においてはその出来も従来とは比較できないほど精巧に。メーカーらが美術品として展示会を行うほどのものになりました。

 

f:id:arrow1953:20160424004344j:plain

www.vanilla-gallery.com

 

※18歳未満は入場できません。

 

f:id:arrow1953:20160424002629j:plain

f:id:arrow1953:20160424004344j:plain

げに驚くべきは性欲のイノベーションとでもいうべきでしょうか。その精巧さゆえに、性欲処理に使えず自宅で飾るというユーザーもいるそうです。そういや古代ギリシャにも彫刻家が自ら彫った女性像に恋しているうちにその女性像と恋仲になりたいと強く願っていたら美の女神アフロディーテが現れて、その願いを叶えてくれるという、二次元の世界に恋するオタクが感涙にむせぶことうけあいの「ピュグマリオーン」っていう物語があるけど、それを思わせるエピソードです。
 その性癖や心理を罵倒する気はありませんけど僕も正直、そんなの各々の自由だろう?と思いながらも理解できない世界だな、と考えていました。ただ。この記事を読んだときにコレってけっこうセクシャリティの根源的な課題を含んでいるんじゃないかなとも思っています。

 

withnews.jp

 東京芸大院生の菅実花さん(27)が卒業・修了作品展で「ラブドールは胎児の夢を見るか?」という題名でラブドールが妊娠した姿を移した妊娠」した姿を収めた写真の展示会を行ったのです。菅さんはこの展示会の意図としてインタビューでこう語っています。以下、インタビュー要約

 人工知能を持ったラブドールが妊娠したら、きっと「マタニティー・ヌードを撮りたい」と言うんじゃないか。その発想は女性型アンドロイドが「将来の夢を教えて」という人間の質問に、「30歳までには結婚して子どもを2人持ちたい」と回答した事がきっかけだった。みんな笑っていたけれど、そのアンドロイドをかわいそうと感じる自分がいた。倫理的問題を別として、科学や代理母などの技術の発達により生殖の外部化が進んでいく中、人間に近づいているアンドロイドも多く開発されている。その状況を考えると「アンドロイドの妊娠」という発想は浮かびうるものではないのか。人間に近づきつつあるアンドロイドに対して逆に人間は「人工的なもの」に引き寄せられている。プリクラは被写体の目や肌を加工したり、足を長く、あごを細く見せる事もできる。プリクラ的に加工される女性の見た目と人間に近づくラブドールは、どこかの交点で重なり合う。

※このインタビューの詳細はリンクにある記事をどうぞ。

 正直言ってこの展覧会をどう考えたらいいかうまく、言葉が出てきません。ヒトに近づいたアンドロイドの思考は生物の本能としての生殖を欲するのだろうか。生殖という機能をもった僕たち人間は幸せなんだろうか。それはそれで幸せなのは間違いないだろうけど、その生殖という価値観が人生の否定や足かせになる人だっている。
 お互いの持つ価値観の異なる僕ら人間は原則的に共通項みたいな「幸せ」はありえない。共通の回答がない世界で生きていかなきゃいけないシンドさを僕は心を持たないラブドールの表情に見たのかもしれません。

 

 

 ※心があるから人は悩む。だから苦しい。心がなかったら悩みもなく楽だろうけど、さびしい。