サブカル 語る。

サブカルチャーなどについての雑談

クリスマスイブなので好きな女の子にベルマークをプレゼントしてみた。

こんにちは。

 

 

 

山下達郎もマライアもワムゥもうるせぇ! 

 本日はクリスマスイブ。恋人がいる人も、いない人も浮かれまくりな日ですけど、ここで気をつけていただきたいのが「女性に贈るプレゼント」。もしこの選択を誤ったりしたら折角の楽しいひと時も全部台無しになります。36年彼女がいなかった僕としては自らの経験を多くの人に語り、僕みたいなさびしく孤独な青春を送って貰いたくない。そういう思いで、本日はこの記事を書いています。

 

プレゼントは人柄の伝わるものを

 思い起こせば20年近く前。大学生だった僕にも好きな女の子がいました。その娘っ子とはアルバイトを通じて仲良くなり、もう少しで「お付き合い」も可能な雰囲気に発展。そんでもってその想いの集大成となる12月。彼女にイブになにか欲しいものはある?と聞いてみたところ、彼女は僕にこう言ったのです。「AMネットワーク君の人柄がわかるものが欲しい」
 

 だけど、よく考えてみたらこれってめちゃくちゃ難問だと思いません?ミナミの帝王みたいに「すべては銭(ゼニ)でんがな!」といって、指を丸めてくれるのなら分かりやすいのですが、自分の人柄を伝えることができるものっていざ、考えてみるとなかなか思いつかない。そうはいっても好きな女の子が欲しいっていうなら。と、頭を絞って考えに考え、その結果たどり着いた答えが中学2年ごろからその頃まで集め続けたベルマーク3000枚。それをラッピングして、彼女にプレゼントしたのでした。これはマジでツラかった。大事なコレクションでしたから。

 

ベルマークにこめたプラトニックな想い 

 ベルマークを集め続けていたのは「これを個人で集めても、なんの得にもならないから」という理由からでした。ベルマークってあくまで学校などに寄贈して学用品などと交換できるクーポン券なので、個人で収集しても何ももらえませんし、絵柄もまったく同じなので集めていても面白くもなんにもない。でも、だからこそ「集める」という行為そのものへの情熱とプラトン的なイデアへの思いの純度が問われると思い、ベルマークを集め続けることでその境地を極めたいと本気で思っていた。だからこそ、そのコレクションを手放すことはもう断腸の思いでした。
 

 結果的にその女の子は僕のコレクションを怒りにまかせで道路にぶちまけ帰宅。僕は女の子にフラレて悲しいという思いよりもその時は、その娘の「審美眼」のなさにひどく絶望していました。ふつうに考えて見て下さい。ベルマークを3000枚。それだけの数を集めるのにどれだけ時間と労力を使ったか。その労力の結晶から見える自分の人柄とは「根気強さ」。二人で付き合いを始めても、その道のりは楽しいだけでなく、苦痛も伴うだろう。だけど、そういった苦痛さえも乗り越え、二人の時間を積み上げていきたい。自分にはその覚悟がある!僕のベルマークのプレゼントはそんなメッセージも込めていました。そしてまた、その女の子も「クリスマスプレゼントに、ベルマークをもらった女の子はおそらく世界でも自分だけ」というプライスレスな価値を手に出来るのチャンスだったのにそれさえも目先の欲にくらみ、その権利を放り捨てる。そんなバカに自分の時間を使っていた愚かしさを嘆き、世間の女の子って自分だけを特別な存在にしてくれる男性がスキ!なんていっているくせに徹底していないなぁと思ったもんだ。

 

    結論。もしもあなたの彼女や現在、好意を持っている女の子が俗物だったらベルマークをあげるのはやめておけ。もし独自の美学を持っている女の子だったら、おそらく喜ぶと僕は思う。

 

 


 

 

※こういうのがほしいとかその娘にいわれても、僕は買わなかっただろうな